病院の怪談(前編)(「黒呆け蜘蛛の会」より)
▼高齢の父親がベッドから落ちて腰椎を骨折してしまい、昨年の暮れ以来かれこれ半年の間、入院生活を続けている。入院当初は自分の身体を起こすことすらままならなかったのだが、療養の甲斐もありゆっくりであれば歩行も可能となってそろそろ退院も間近いということで病院に見舞いに行くと父が入院しているのは6人部屋。戦前に建てられたというその病院は、昔は結核専門のサナトリウムに近い病院だったとのことで、外観こそそれなりに新しくなってはいても、建家内に入るとどこか古めかしさが感じられ、消毒薬に混じってカビの臭いすら漂ってくるようだ。
親父の寝ている6人部屋のうちの4つのベッドが入院患者で埋まっていて、残りの2つは空きベッドだ。父親は歳を重ねるごとに気難しさが増し寡黙になっていくが、他の患者たちは気が良さそうで話し好きのお年寄りばかり。父を除く三人の入院患者たちが自分のベッドで食事をしながら雑談しているのを端で聴くとも無しに聞いていると、それはこんな話だった。
「近頃、おかしなことがあるんだよなぁ」
「ふ~ん、何ですねそれは?」
「毎晩、夜中の2時頃--いわゆる丑三つ時ってやつだな--になると決まってフッと目が覚めるんだけど、気が付くとベッドの横に痩せた男が立っていて、ジッとこちらを見下ろしているんじゃよなぁ。特に何か話しかけてくるわけでもなし。あれはいったい何なんだろうなぁ」
「目的が分からないってのは何となく嫌だねぇ」
「へぇ・・・。それで?」
「こちらは眠いからそのままついウトウトしちゃって、気がつくと朝で、その男はもうそこにはいないんだけど」
「へぇ、何なんですかねぇ、そりゃあ。で、何かされるんですかね?」
「いや、黙ってこちらを見ているだけ。あれ、ホントに何なんだろうね?」
「う~ん、何なんでしょうねぇ。もしかして今夜もやって来るんでしょうかねぇ?」
「来るだろうね、おそらく。何せ毎晩、やって来るんだから」
「もしも今晩もその人が来たら、私に一声掛けて起こしてくださいよね。一度見てみたいから」
「そりゃあ、いいけど・・・。何なんだろうねぇ」
「何ですかねぇ」
「何だろうなぁ」
・・・そっ、そっ、それって……。
「というわけで・・・」と、ここまで一気に話してきた私はそこでひとまず話を区切って私を囲んで座っている黒呆け蜘蛛の会の面々を見回した。「黒呆け蜘蛛の会」とは、暇人たちが月に一度集まって食事を供にする会なのだが、その会に毎回ゲストを呼び、ゲストが今までの人生の中で出会った不思議な出来事の謎を解いてみようという、好事家たちの酔狂な会なのである。
「このままではどうも目覚めが悪いんです。そこで、物好きな・・・いえいえ、有名な皆さん方のお知恵を拝借して、 この謎をぜひ解いて戴きたいというわけで」
私にそう言われて、テーブルを囲んで座っていた黒呆け蜘蛛の会の面々は互いに顔を見合わせた。
【後半(次回)へと続く】
▼後半へと続くまでのCMタイムを利用して、買った新刊の紹介。
ミステリー文学資料館 編「わが名はタフガイ (ハードボイルド傑作選)」(光文社文庫)
選ばれた作品を見ると、日本のハードボイルド小説史を振り返るには最良の短編アンソロジーではなかろうか。樹も見ながら森も見たような池上冬樹氏の見事なあとがきに補完しなきゃならない作家や作品はちょっと思い浮かばないなぁ。
滝本誠「渋く、薄汚れ。 ノワール・ジャンルの快楽」(フィルムアート社)
「ノワール」という単語は映画と小説の相互に行き来して使われることも多いが、この書は、そのどちらのジャンルにも興味のある人には必読本であるな。それにしてもこの俺は40~50年代に作られたノワール・フイルムをホント、観てないよなぁ。
伊坂幸太郎「陽気なギャングの日常と襲撃」(祥伝社NON OVELS)
相手が伊坂幸太郎だけに、「地球を回す」の映画化に便乗して出した続編とは言えないでしょう。このところミステリ離れをしていた伊坂幸太郎がこの小説では果たしてどう出るかが非常に興味深いところ。ちなみに「地球を回す」は伊坂作品の中では俺の評価は比較的低い部類なのだが。それとこの本、装丁が「地球を回す」とあまりにも似すぎているせいで、新刊が店頭に並んでいてもしばらく気が付かなかった。どうしてくれる?
スティーヴ・オルテン「邪神創世記 (上・下)」(文春文庫)
スティーヴ・オルテンて、昔、別れたメグっていう女が太古の闇を裂いて海底深くから人類に襲いかかるっていう小説を書いた人だよな?(←全然違う) 前作の「蛇神降臨記」にせよ、本作にせよ、どちらにせよ変テコな小説を書く人のようなんだが。アメリカの半村良か?
ブリジット・オベール「神のはらわた」(早川HM文庫)
「臓物小説」と聞けば、やっぱり買わずにはいられない。
エド・マクベイン「最後の旋律」(早川ポケミス)
最後の87分署。「これでもうポケミスを買うことは二度とないな」と思っている87分署ファンも多いのではないか。何を隠そう、こう見えても俺も87分署のファンだった(←過去形で言わねばならぬ点が弱いけど)。確か「血の絆」あたりまでは読んでいるはずなんだがなぁ。
北島明弘「世界SF映画全史」(愛育社)
税込み定価で9.030円もする本だが、これ一冊買っておけばこの先10年くらいはSF映画関連の本を買わなくても済むような気がするけどな。
唐沢俊一「猟奇の社怪史」(ミリオン出版)
唐沢俊一にしては「クスリ通」「育毛通」に次ぐくらいつまらなそうな本なのではあるが・・・。
カール・ハイアセン「フラッシュ」()
ジュヴナイルは原則として買わないことにしているのだが、作者がカール・ハイアセンともなれば話は別だ。
三遊亭金馬「金馬のいななき」(朝日新聞社)
四代目三遊亭金馬、というよりは、やはり「お笑い三人組」の小金馬といった方が通りが良い・・・と言うような奴の歳はいったいナンボなんやねん? その金馬も早、現役最長高座歴の噺家になっていたとはね。
皆神龍太郎「ダ・ヴィンチ・コード最終解読」(文芸社)
「ダ・ヴィンチ・コード」関連本も初期の頃に出た2~3冊を買ってはみたものの、さすがにこれだけ数が多くなってくると全て追っかけてはいられなくなる。でも、著者が皆神龍太郎ともなれば買っておいてもよいでしょう。
マイクル・Z.リューイン「カッティングルース (上・下)」(理論社)
ジュヴナイルは原則として買わないことにしているのだが、作者がマイクル・Z.リューインともなれば話は別だ・・・って、なんだかつい最近同じような文章を書いた気がしなくもないが。
ジェフリー・A.ランディス「火星縦断」(早川SF文庫)
この小説ってもしかして、21世紀版「火星の砂」といった雰囲気なのかなぁ? ちなみにクラークの「火星の砂」は600冊ほどあるマイ・フェイバリット・SFのうちの一冊である。
ラリイ・ニーヴン「リングワールドの子供たち」(早川書房)
「リング・ワールド」のシリーズもこれで4作目だとか。何となくもっと沢山出ているのかと思ってたなぁ。1970年に第一作「リングワールド」が原著で出版されて34年を経て2004年に本書がようやく上梓された。実に息の長いシリーズであり、帯によればこの「子供たち」でついにリングワールドの謎が明かされるとのことなのだが、その謎がいったい何だったのかさえすでにすっかり忘れてしもうたわい。
ジョン・エヴァンズ「悪魔の栄光」(論想海外ミステリ)
おおおっ、ポール・パインの「栄光シリーズ」だぁ! この本、今年の翻訳ハードボイルドベスト10にまず間違いなく入ると今から断言しておく。何故なら、たぶん年に10作もハードボイルドが訳されないような気がするからなのだが。
山田正紀「翼とざして アリスの国の不思議」(カッパノベルス)
あくまでもファンの勝手な言いぐさだが、山田正紀もそろそろ本格推理を書くのに飽きて、出来るだけ早く冒険小説の世界に戻ってきて欲しいものなのだ。
東山彰良「愛が噛みつく悪い星」(カッパノベルス)
何はともあれ、「オフ・ビート」という単語にめちゃめちゃ弱い俺なのだった。
エリック・マコーマック「隠し部屋を査察して」(創元文庫)
奇妙な味の短編集。何が奇妙だといって、この本を俺が単行本の段階で買っていなかったのが実に奇妙だ。
山本禾太郎「山本禾太郎探偵小説選 2」(論創ミステリ叢書)
そもそも山本禾太郎の選集を一冊出そうというだけでもある種の蛮勇と思えるのに、図に乗って第二集まで出すとは何事ぞ! 山本禾太郎を二冊も読みたいなんて酔狂な奴が一人でもいるんなら、ここに連れて来いってんだ。こりゃ俺みたいな「ただひたすら所有しておきたい」という莫迦を対象にした商売に他ならないもん。そもそも「禾太郎」という名前自体、正しく読める奴なんて日本に30人くらいしかいないだろうが!(ここまで文句付けるんなら買うなよ>俺)
いしい ひさいち「大問題 ’06」(創元文庫)
現在の漫画家で「天才」と呼べるのは、このいしいひさいちただ一人ではなかろうか。天才は常にジャンルを創設し革新し続けるのである
J.J.コノリー「レイヤー・ケーキ」(角川文庫)
英国発クライム・ノベルで近々日本で公開される映画の原作小説だそうである。で、その映画は「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」や「スナッチ」のプロデューサーが監督に初挑戦した作品らしい。予告編を観るとかなりカッコイイ。
爆笑問題「偽装狂時代 爆笑問題の日本原論5」(幻冬舎)
時事ネタを扱ったもので言えば、いしいひさいちの「大問題」とこの「日本原論」さえ読んでおけば、世相の動きはほぼ把握できるな。「釈尊ファイブ」というギャグはなかなかに秀逸。
▼このところ本はたいして買ってはいないが、DVDはよく買っている。
書店で売っている500円DVDでチャップリンの「ライムライト」と「殺人狂時代」、S・キングのオリジナル脚本のTVM「ストーム・オブ・ザ・センチュリー」と同じくキング原作の「ライディング・ザ・ブレット」、ブレイク・エドワーズとピーター・セラーズの「ピンク・パンサー」コンビの「パーティ」、それに、やったね! ピーター・ジャクソン版「キング・コング」といったところ。「キング・コング」は当然、2枚組のプレミアム・エディションだいっ!
それにしてもまさか500円玉一個でチャップリンの名作を自分の物に出来る日が来るとはね。実際に見かけたことはまだ無いが、チャップリンでは「街の灯」以外の長編は全て500円で買えるようになっていたんだ(ここ参照)。一度観て以来、ずっと手元に置いておきたかった「ストーム・オブ・ザ・センチュリー」のみがDVD未発売のために中古ビデオだが、上下巻合わせて4千円。映画館で見逃した「ライディング・ザ・ブレット」は近所のレンタルビデオ屋を数軒廻ってみても何処にも置いてなかったので業を煮やして購入してしまう。「パーティ」は前々から観たかった一本でもあるし、スティーブ・マーチンの「ピンク・パンサー」リメイク記念に買うことにした。でも、スティーブ・マーチン版「ピンク・パンサー」はたぶんロードショーでは観ないだろうけどね。「キング・コング」はもったいなさ過ぎて特典ビデオが観られねぇ!
で、レンタルビデオで借りてきて観たのは「エレクトラ」と「ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ」「蝋人形の館」の三本。「キャットウーマン」「イーオン・フレックス」に次ぐ女闘美映画の「エレクトラ」は、何故だか日本人が敵役。主役の女刺客人エレクトラも「キル・ビルvol.1」に於けるルーシー・リューの「ヤッチメェナ!」と同じくらい非道い日本語を話します(笑)。 ロバート・ デ・ニーロ&ダコタ・ファニングの「ハイド・アンド・シーク」は、見終えて「こりゃまた見え透いた結末だなぁ。このラストが読めなかった奴なんているもんだろうか?」と思ったのだが、意外に近いところに先の読めなかった者がいることが分かった(この人)。なるほど、世の中には色んな奴がいるもんだ。ダーク・キャッスル製作の「蝋人形の館」はホラー映画としてもさすがにストーリーは古めかしいが、ラスト近くの崩壊し焼け落ちていく蝋人形館のシーンはなかなかに迫力がある。
▼ポール・サイモンのニュー・アルバム「Surprise」を購入。今回はブライアン・イーノが共同プロデュースということで、果たしてどんな音になるものかと聴くまで期待と不安が入り交じっていたのだが、結論を言えばやはりポール・サイモンの音にはそぐわなかったんではなかろうか。ブライアン・イーノってグラム・ロック(←古い?)の人でしょ? 聴く前から何となくポール・サイモンとは水と油のような気がしてたもんなぁ。今回のサウンドは、アルバムで言えば「ハーツ・アンド・ボーンズ」あたりまで遡った感じなのかな。どうせ遡るんならばソロアルバム初期三作あたりまで戻ってもらえれば個人的にはすっごく嬉しかったのだが、たぶんそれは無理な注文。それにしてもこのアルバムでブライアン・イーノに付けられた肩書きの「SONIC LANDSCAPE」ってのは、いったいどういう意味なんよ?









