▼三人の容疑者---五所川原邸宝石盗難事件
大富豪として知られる五所川原亮蔵邸から警察に事件の第一報が入ったのは、すでに明け方にほど近い深夜未明のことであった。その夜、当主の亮蔵は妻と海外旅行中で、留守宅には執事の長島寅三、個人秘書の山下宏一郎、住み込みで働く女中頭の浜野雅子の三人が主人の留守を守って在宅しているだけだった。地下の金庫室に付けられた非常ベルが鳴ったのは、その夜の深夜三時過ぎのことであった。寝ぼけまなこで駆けつけた三人の目に映ったのは、大きく開け放たれた金庫の扉に貼り付けられた一枚の紙。そこには「お宝はもらった 五右衛門」との文字が黒々とした筆致で大書されていた。五所川原亮蔵の所有する数多くの高価な宝石類の中でも指折りの逸品である「シヴァの炎」と名付けられた巨大なルビーの首飾りが金庫室から忽然と消えていたのであった。三人は震える手で電話をとり所轄の警察に通報してきたのである。
「すると、屋外からの侵入があったという形跡は皆無なんですな?」と担当刑事が尋ねた。
刑事の目の前に対峙しているのは、その夜、五所川原家に在宅していた初老の使用人三人である。三人を代表して執事の長島がまず口を開いた。「ご主人様は決して銀行を信用されない御方です。ご自身の財産と言えるものは全て、この金庫室で保管管理しておりました。それだけにこれほどのお宝や高額な美術品のございますこのお屋敷は、並みの銀行では及びも付かぬほどの最新の電子警備システムでセキュリティされております。もしも賊が外壁などを乗り越えようとしましても、壁に手を触れた瞬間に警報装置が響き渡ったはずですし、万一、お屋敷に近づくことが出来たとしても、外部に連なる扉や窓の開閉はそれがどんなに些細なものであっても全て保安用のコンピュータに記録されております。先ほど調べてみましたところ、昨日の夕方以降、建物の扉や窓が開閉された記録は一切ございません」
「確かに、侵入の形跡はおろか、屋外には不審な足跡や痕跡なども一切ありませんでした」と現場を調べた鑑識係が担当刑事に告げた。
「同時に、この金庫室のロックもダイヤルナンバーを知っている者でなければ、それこそダイナマイトでも使わないことには決して開きません」と秘書の山下宏一郎が言った。「それだけにどうやって賊が屋内に侵入し、ご主人様の大事なお宝を盗み出していったのか、私には不思議でなりません」
「そのダイヤルナンバーを知っているのは?」と担当刑事が尋ねた。
「それは、もちろんご主人様ご夫妻と……、その他にはこの場におります三人だけでございます」と山下。
「外部からの侵入者も無い上に、金庫の扉を開けられる者もごく限られるということになると、犯人は自動的にあなた方三人のうちの誰か……ということになってしまうが」と刑事が告げると三人は不安げな面持ちで互いに顔を見合わせた。
「私はこのお屋敷に既に三十有余年、勤めております」と女中頭の浜野雅子が言った。「執事の長島さんもまた同様ですし、個人秘書の山下さんは父親の代から二代続けて大旦那様にお世話になってきた者です。そのような大それたことをする者が、この三人の中にいるとは到底思えないのですが」
「それを調べるのが警察の仕事です」ときっぱりとした口調で担当刑事は言った。「盗難事件のあった時間、皆さんの中にアリバイがある人は……?」
三人は一様に押し黙った。犯行時刻が深夜だということでもあり、三人ともにアリバイが無いのも不思議ではない。
「ところで、現場に残してあった書き置きの『五右衛門』という名前に心当たりのある方はどなたかいらっしゃいますか?」
「はぁ……、それはおそらく、泥棒が石川五右衛門を気取ったんでは? 五右衛門といえば何と言っても大盗賊ですからねぇ」と山下。残りの二人もその言葉に自信なさげに頷いた。
「そうでしょうね、おそらく……」刑事は言うと、それまで刑事の後ろで黙って尋問の推移を見守っていた警部に声を掛けた。「で、警部はどのようにお考えですか?」
刑事から声を掛けられた警部はゆっくりと面を上げて三人を見つめると、しばらくの沈黙の後、独り言のように言った。「私には犯人が分かったよ」
えっ……?!と驚くその場にいた全員。「は、犯人はいったい誰だと……?」と刑事が呟くのと同時に、警部はその場にいる一人をいきなり指さした。
「犯人はお前だっ!」
警部にそう指摘された人物は、呆然とした顔つきで眼前に突き出された警部の指先をしばらく凝視していたが、悔しげに唇を噛みしめると「そうです、この私がやりました」と吐き出すように言うなりその場にわっと泣き崩れた。
「これで事件は一件落着ですな。犯人の部屋に隠されていたシヴァの炎も無事に発見できました」と担当刑事は報告した。「それにしても警部、いったいどうやって犯人が分かったんですか? 私には未だに何が何やらさっぱり……」
警部は担当刑事をじっと見て言った。「ヒントは犯人が書き残していった『五右衛門』という名前だよ」
さて、警部が名指しした真犯人とはいったい誰だったのでしょうか? 正解はCMの後で。
▼CMの時間を利用して、買った新刊など。
ヒラリー・ウォー「ながい眠り」(創元推理文庫)
エラリー・クイーン「間違いの悲劇」(創元推理文庫)
ギジェルモ・マルティネス「オックスフォード連続殺人」(扶桑社文庫)
マイクル・コナリー「エンジェルズ・フライト (上・下)」(扶桑社文庫)
また出たっ! マイクル・コナリー。その他には特にコメントしたいような本はないなぁ。
▼目録注文の古本が三冊ばかり。
ゴーグ「夜の恐怖」(平凡社世界探偵小説集第十五巻、S4、2,000円)
リング・ラードナー「微笑がいっぱい」(新潮社、1970、1,500円)
リング・ラードナー「息がつまりそう」(新潮社、S46、1,500円)
リング・ラードナーの二冊は高校の図書館に置いてあった本で目を通しているため、俺には珍しく既読である。もう一冊の「ここではお静かに」だけは(たぶん)持っている(と思う)ので、当時、新潮社から出た三冊の短編集はこれでようやく揃った(んではないかと思う)。そういや昨年出たJ・ディーヴァーの「獣たちの庭園」で、主人公のマフィアの殺し屋が親しく付き合っていた友人が確かリング・ラードナーという設定ではなかったか。昨年のP・G・ウッドハウスのミニブームに引き続き、近い将来、リング・ラードナー再評価の時代も必ずや来る!……と今のうちに大胆予測しておいてやろう。

▼DVDとCDの両ソフトでロギンス&メッシーナのリユニオン・コンサート・ライブを収録した「SITTIN'IN AGAIN AT THE SANTA BARBARA BOWL」が出ましたなぁ。もちろん両方とも買いました。ついにロギンス&メッシーナまでが再結成ライブかぁ……と感慨もひとしお。CDには13曲が収録されているけど、DVDには全21曲+1973年に行われたL&M全盛期のライブ映像も5曲、ボーナス・トラックとして収録されているのでこちらの方がお買い得。ま、ファンはどうせ両方とも買うんだろうけどね。
▼『三人の容疑者』回答編
「ヒントは犯人が書き残していった『五右衛門』という名前だよ」と警部は言った。
「五右衛門という名前のいったいどこがヒントだと……?」刑事は思わず尋ねた。
「君は石川五右衛門を知っているか?」と警部は刑事に問うた。「そりゃもちろん知ってますよ。確か秀吉の時代に我が子と一緒に京の河原で釜ゆでにされた大泥棒ですよね」
「そうだ。それじゃ釜ゆでにされた時に五右衛門の遺したという辞世の歌も知ってるか?」
「えぇと……、それはどんなものでしたっけ?」
「それでは教えてやろう」と警部は言った。「よく聴けよ。『石川や 浜野雅子は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ』……というのさ。ふふん、これで分かったろ?」
警部は高らかに笑うと、パトカーを発進させたのだった。(了)