July 16, 2006

病院の怪談(後編)(「黒呆け蜘蛛の会」より)

▼「病院の怪談」前編を書き上げてアップした段階ではすぐに後編に移るつもりだったのだが、書いている間にどんどんと構想が膨らみこのままでは原稿用紙にして軽く3千枚を超えてしまい未曾有の大長編となりかねないことが判明した。そのままではブログに載せるわけにもいかず、文量を大幅に刈り込むのに時間を要してしまったことを関係各位に深く陳謝します。ということで、お待たせしました、「後編」です。

病院の怪談(後編)【前編より続く】
 「それは病院で起こる典型的な心霊現象の一つね。古い病院には浮遊霊も多いことだし」と、黒呆け蜘蛛の会のメンバーで最初に口を開いたのは女流ホラー作家の鮨慧子だ。「たぶん、その霊はかなりの恨みを抱いて死んでいったに違いないわ。ベッド脇に立たれたというその患者さんの「その後」には充分注意しといた方がいいわよ」
「たぶん、そうだろうな」とホラー作家の意見に同調したのは三冊200円オヤジの異名を持つ古本評論家のよしだ むさしである。この男は最近、本の雑言社という出版社から「常田富士男と浦島太郎」という本を上梓したばかりで実に意気軒昂である。「この私も年甲斐もないテニスで腰を痛めたり、古本に付いていた病原菌が元で睾丸がバレーボール大に膨れあがったりと、病院との縁はなかなか切れないんだが、病院では何度も怖い目に遭ってるよ。看護婦さんにさりげなく『夜中に痩せた男の人がベッドの脇に立ってたんだけど』って聞いてみれば、いやあな顔をして『また出たんですかあ』っていう表情をすると思う。もっとも私が入院中に一番怖い目に遭ったのは、持参した本を全て読み終えてしまって手元に読む本が無くなってしまったと気づいた時なんだけどね」と言ってニヤリと笑った。
「私は怖い話は苦手だから・・・」と言ったのは、漫画家の野薔薇美由紀である。「現実的すぎるかもしれないけど、それは単なる物盗りなんじゃないの? ほら、病人って結構手近に小銭を置いているものだし。きっと不慣れな泥棒で枕元に置いてある財布に手を伸ばすのを逡巡してたんだと思うわぁ」
「うう~ん、怪奇現象派が二人に物盗り説が一人ですか」と相談者の私は言った。「これだけの話では、決め手に欠けてますもんねぇ」
 その時、「なるほど、それは恐ろしい話ですね」との声がしたのは、みんながテーブルを囲んで円座に座っている後方からである。
「おぉ、そうだ。ここは辺里の意見も聴いてみないとな」とよしだ むさしが言った。
「辺里さんとは……?」と私が振り返ると、そこに立っていたのは給仕然とした一人の男である。
「辺里はね、この店の給仕なんだが、ものすごく推理力があるんだ。過去にもこの会に持ち込まれた謎を何度か解いているんだよ、私の次くらいにはね」と言うのはよしだ むさしである。
「皆様のお話の途中で思わず口を挟んでしまい、大変失礼をいたしました」と給仕の辺里は申し訳なさそうに言った。
「いやいや、ここはぜひ辺里の意見も聴いてみたいもんだな」とよしだ むさしが言うと、鮨慧子と野薔薇美由紀の二人も「そうよそうよ、きっと何か気が付いたんでしょ?」と辺里の意見を促した。「少なくとも、辺里さんの方がよしださんよりはよっぽど頼りになるんだし」
「皆様がそこまで仰るのならば・・・。それでは私の考えを言う前にちょっと質問させて戴いても構わないでしょうか?」
「どうぞ、なんなりと」と応じてはみたものの、何故、私が給仕の質問に答えなければならないのか、さっぱり合点がいかない。
「お父様はもうそろそろ退院されるご予定なんですね?」と給仕の辺里が尋ねた。
「そうです。今度の土曜には退院の予定です」と私。「ヨチヨチ歩きですが、最近になってようやく少しは歩けるようになりましてね」
「お父様は相当なご高齢になりますよね?」
「そうですね。八十歳にもうすぐ手が届くというところです。半年も入院していると、さすがに身体も弱りましたが」
「誠に失礼なことをお尋ねしますが」と辺里。「身体はともかくとして、お父様の頭の方は如何なんですか? いわゆる『老人特有の症状』というものは?」
「ははぁ、もしかして『呆け』のことですか? そりゃまぁ歳も歳ですし、このところ単調な入院生活が続きましたから、今日が何曜日なのかはちょっと分からなくなっているようですが・・・。そういえば先日、お医者さんから『今、何歳になりました?』と訊かれて答えられなかったこともありましたが、総じてその程度のことですかね」
「なるほど・・・」と辺里は答えて、一瞬考えにふけった。「分かりました。毎晩、ベッドの脇に立つ痩せた男とは、おそらく・・・」
「おそらく?」
「おそらく、それはあなたのお父様ですね」
「な、な、な、なんてことを言うの!」と思わず声を大きくしたのは、漫画家の野薔薇美由紀である。「あなたはこの方のお父様が泥棒だって言うの?」
「違うわよね、辺里さん」と落ち着いた口調で口を挟んだのは女流ホラー作家である。「きっと、お父様が幽体離脱して生き霊になった姿をみんなに見られたと言いたいんでしょ?」
 申し訳なさそうに辺里は言った。「いえ、申し訳ありませんが、私の考えはお二人のご意見とはちょっと異なります。この方のお父様は、ただその場に立っていただけです」
「でも、なんで夜中に他人のベッドの脇にただ立っていなければならないんだ、何の目的もなく?」と訊くのはよしだ むさしだ。
「何かの目的があってかどうかは、私にも分かりかねます。その答はおそらく、お父様ご本人ににお尋ねしても分からないことだと思います」
「それは、いったいどういう意味・・・?」
「失礼ながら、お父様ご本人にその意味をお尋ねしても、ちゃんとした答は戻ってこないことだと思いますね」
「しかしねぇ、辺里」とよしだ むさしが言う。「もしもその痩せた男がこの人の親父さんだと言うんなら、同室の患者たちはみんな、顔見知りのはずじゃないか。なんでそのことをはっきりと本人や家族に言わないんだ?」
 辺里は困ったような顔をした。「それは・・・。皆さん、お優しいからだと思いますよ。確か、お話の途中でもそうようなことを仰っておられたはずですが」
「優しい・・・?」と、私は怪訝な顔で聞き返した。
「ご家族に事実をそのままお伝えするには耐えられないほど、皆さん、お優しいんだと思います」
「で、その『事実』とは・・・?」と、私は辺里に思わず尋ねた。
 辺里は一瞬躊躇った上で、私をじっと正面から見据えたまま静かな声で答えた。「それは・・・、あなたのお父様が呆けてしまわれたという事実です」
 みんなは一瞬押し黙ったが、辺里はかまわずに言葉を続けた。「たぶんお父様は夜中に何度も徘徊行動を取られているんだと思います。もっともまだそんなには動き回れないはずですので、あくまでも病室の中だけでしょうけど。それでも当然、相部屋の皆さんはその行動を常にご覧になっているはずです。同室の皆さんはおそらく、あなた様が痴呆となられたお父様の世話をこれからずっと夜も昼もしていかなければならないという過酷な現実を遠回しな表現であなたに告げたんだと思いますよ。一度、病院の先生にそのことをご確認された方がいいと思いますよ」
「でも、それならなんでそうとはっきりと言わないんだ?」とよしだ むさし。「そんな遠回しな言い方ではなく」
「自宅で痴呆老人の介護をするということは家族にとっては実に大変なことです」と辺里は言った。「夜も昼もなく目が離せませんし、食事から風呂、あるいは下の世話まで24時間、誰かが付きっきりになる必要もあるでしょう。介護ヘルパーを頼むとしても、身内の方は相当な犠牲を払う覚悟がないと到底できることではありません」
 辺里はそう言うと、じっと私を見た。「あなたは独身なんじゃありませんか?」
「そうですが・・・」と私。「どうして分かりました?」
「病院での相部屋というものは退屈な分、他の見舞客の会話は嫌でも耳に入りますし、それで隣に寝ている病人の家庭環境まで嫌でも分かってしまうものです。同室の皆さんはおそらく、会話の中身からあなたがお父様と二人暮らしだと知って、退院後のあなたの苦労を察知したんだと思いますね」
 野薔薇美由紀が尋ねた。「つまりそれは、相部屋の患者さんたちが全員で示し合わせていたというわけ?」
 辺里は答えた。「おそらく、そうだと思いますよ」
 よしだ むさしが言った。「でも、それなら病院の医者や看護婦も同様に父上の呆けに気づいてたんじゃないのか? だったら、患者の家族にその旨を言うんじゃないのか?」
「病院というところは、こちらから尋ねない限り、そういうことは意外に言わないものですよ。特に骨折したお父様が入院していたのは外科病棟だと思います。外科では骨折が治りさえすれば完治したということですから、他の件をわざわざ家族に伝えることは少ないと思います」
 私はうつむいて辺里の言葉を聞いていたが、しばらく経って顔を上げた。「そう言われると、確かに私にも思い当たる節はいくつかあります。このところ父はほとんど喋らなくなりましたが、先に言った通り、元々人付き合いも良くない性格ですし寡黙な質でしたので特に不思議とも思わなかったんですが・・・。まぁ、身内としては自分の父親が呆けてしまったなどとはなかなか信じたくない話でもありますしね。明日にでも早速、お医者さんに状況を確認して参ります。どうも有り難うございました」
 古本評論家のよしだ むさしが言った。「辺里、どうして分かったんだ?」
 辺里は恥ずかしげに答えた。「いえ、実は私も身内に一人、痴呆老人を抱えておりましてね。今日も出がけに妻とその話をしてきたところですので、それが心に残っていたのかもしれません。ですからご聡明な皆様よりも気づくのがちょっと早かっただけのことですよ。・・・あっ、いけない!」
「どうした、辺里?」
「いえ、話についつい夢中になって、デザートにお出しする予定のマンゴ・シャーベットをキッチンに出しっばなしにしておりました。せっかくのデザートが少し溶けてしまったかもしれません。今すぐに持ってあがります」
 辺里はそう言うと深々と頭を下げて、静かにその場を立ち去った。

▼新刊。
 まず何と言っても嬉しいのはこの本。スティーヴン・キング「コロラド・キッド」(新潮文庫、非売品)。新潮文庫版「ダークタワー」シリーズの刊行記念イベントとして、新潮社が企画した一万人限定のプレミア・ブックという非売品である。キング自身が何故かこの本の日本での出版に制限を付けているために、現時点ではとりあえず抽選で当たるかヤフオクで馬鹿高い値段で入手する以外に、この「コロラド・キッド」を読む術がないのである。わはははは。あんまり嬉しいんでカバジャケ写真も載っけといてやろう。A0007287_2339644 うわはは、真っ黒だ(笑)。いや、実物はそんな真っ黒けってことはないんだけどね。内容はキングにしては珍しくホラー風味のほとんど無いミステリータッチ。言ってみれば「キング、松本清張に挑戦!」的なアリバイ崩しなんである。いやもう、相変わらずのキングの語り口だけでご飯三杯はいけますわ。

 この本以外にも色々と書きたいことは多けれど、残念ながら時間がない。買った新刊の書名だけ列記する。

 今村荘三「漫才通」(浪速社)
 と学会「と学会年鑑 GREEN」(楽工社)
 ほんの森編「恐怖ミステリーBEST15」(シーエイチシー)
 サミュエル・R.ディレイニー他 若島正編「ベータ2のバラッド」(国書刊行会)
 ウィル・セルフ「元気なぼくらの元気なおもちゃ」(河出書房新社)
 大崎梢「配達あかずきん」(東京創元社)
 小路幸也「東京バンドワゴン」(集英社)
 宝島編集部編「バウじゅうはち! VOW18」(宝島社)
 早坂隆「世界の日本人ジョーク集」(中公新書ラクレ)
 高田文夫「笑芸日記 一九九六-二〇〇五」(ちくま文庫)
 一ノ宮美成ほか「実録!平成日本タブー大全 1」(宝島社文庫)
 ジュリー・ケナー「ママは悪魔ハンター」(早川書房)
 喜国雅彦「日本一の男の魂 17」(小学館ヤングサンデーコミックス)
 いしいひさいち「ロスタイム17分」(双葉文庫)
 志賀浩二「古本屋残酷物語」(平安工房)
 キース・オートリー「ホームズ対フロイト」(光文社文庫)
 ジョン・ボーランド「紳士同盟」(早川ポケミス)
 安永一典「アガサ・クリスティのインテリアと鼠の齧ったT定規」(近代文芸社)
 カーステン・ストラウド「コブラヴィル (上・下)」(文春文庫)
 国立国会図書館編「人と蔵書と蔵書印」(雄松堂出版)
 ヘレン・マクロイ「死の舞踏」(論創海外ミステリ)
 ピーター・ディキンスン「封印の島」(論創海外ミステリ)
 ジョン・ソール「ブラックストーン・クロニクル (上・下)」(求竜堂)
 チャールズ・ストロス「シンギュラリティ・スカイ」(早川SF文庫)
 クリストファー・ファウラー「白昼の闇」(東京創元社)
 ダグラス・アダムス「さようなら、いままで魚をありがとう」(河出文庫)
 平井隆太郎「うつし世の乱歩」(河出書房新社)
 五條瑛「瓦礫の矜持」( 中央公論新社)
 ジェフ・ロヴィン「狼男の逆襲」(扶桑社文庫)
 鮎川哲也「山荘の死(『鮎川哲也コレクション<挑戦篇>I)」(出版芸術社)
 ジム・トンプスン「失われた男」(扶桑社文庫)
 ジョン・ランチェスター「最後の晩餐の作り方」(新潮文庫)
 クライブ・カッスラー&ポール・ケンプレコス「オケアノスの野望を砕け (上・下)」(新潮文庫)
 戸梶圭太「もっとも虚しい仕事」(光文社カッパノベルス)
 大倉崇裕「福家警部補の挨拶」(創元クライム・クラブ)
 浅倉久志「ぼくがカンガルーに出会ったころ」(国書刊行会)
 山田風太郎「山田風太郎育児日記」(朝日新聞社)
 小松左京+谷甲州「日本沈没 第二部」(小学館)
 アレックス・バーザ「ウソの歴史博物館」(文春文庫)
 ロブ・ライアン「暁への疾走」(文春文庫)
 平岡正明「志ん生的、文楽的」(講談社)
 『このミステリーがすごい!』編集部編「この文庫がすごい! 2006年版」(宝島社)
 ジョージ・P.ペレケーノス「魂よ眠れ」(早川HM文庫)
 永江朗「ブックショップはワンダーランド」(六耀社)
 いしいひさいち「コミカル・ミステリー・ツアー 4 長~いお別れ」(創元推理文庫)
 
 この中でお奨めを四冊選ぶとすれば、今村荘三「漫才通」、鮎川哲也「山荘の死」、戸梶圭太「もっとも虚しい仕事」、浅倉久志「ぼくがカンガルーに出会ったころ」だな。五冊選ばない理由は、まだそんなには読んでいないからである。

▼この間、買った古本やDVD、観た映画(ビデオ、DVD含む)、聴いたCDも山ほどあるし、名古屋オフやら某作家のサイン会に行った話などもあるのだが、とても書いている時間がない。このあたりは次回に回す。

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June 04, 2006

病院の怪談(前編)(「黒呆け蜘蛛の会」より)

▼高齢の父親がベッドから落ちて腰椎を骨折してしまい、昨年の暮れ以来かれこれ半年の間、入院生活を続けている。入院当初は自分の身体を起こすことすらままならなかったのだが、療養の甲斐もありゆっくりであれば歩行も可能となってそろそろ退院も間近いということで病院に見舞いに行くと父が入院しているのは6人部屋。戦前に建てられたというその病院は、昔は結核専門のサナトリウムに近い病院だったとのことで、外観こそそれなりに新しくなってはいても、建家内に入るとどこか古めかしさが感じられ、消毒薬に混じってカビの臭いすら漂ってくるようだ。
 親父の寝ている6人部屋のうちの4つのベッドが入院患者で埋まっていて、残りの2つは空きベッドだ。父親は歳を重ねるごとに気難しさが増し寡黙になっていくが、他の患者たちは気が良さそうで話し好きのお年寄りばかり。父を除く三人の入院患者たちが自分のベッドで食事をしながら雑談しているのを端で聴くとも無しに聞いていると、それはこんな話だった。

「近頃、おかしなことがあるんだよなぁ」
「ふ~ん、何ですねそれは?」
「毎晩、夜中の2時頃--いわゆる丑三つ時ってやつだな--になると決まってフッと目が覚めるんだけど、気が付くとベッドの横に痩せた男が立っていて、ジッとこちらを見下ろしているんじゃよなぁ。特に何か話しかけてくるわけでもなし。あれはいったい何なんだろうなぁ」
「目的が分からないってのは何となく嫌だねぇ」
「へぇ・・・。それで?」
「こちらは眠いからそのままついウトウトしちゃって、気がつくと朝で、その男はもうそこにはいないんだけど」
「へぇ、何なんですかねぇ、そりゃあ。で、何かされるんですかね?」
「いや、黙ってこちらを見ているだけ。あれ、ホントに何なんだろうね?」
「う~ん、何なんでしょうねぇ。もしかして今夜もやって来るんでしょうかねぇ?」
「来るだろうね、おそらく。何せ毎晩、やって来るんだから」
「もしも今晩もその人が来たら、私に一声掛けて起こしてくださいよね。一度見てみたいから」
「そりゃあ、いいけど・・・。何なんだろうねぇ」
「何ですかねぇ」
「何だろうなぁ」

 ・・・そっ、そっ、それって……。

「というわけで・・・」と、ここまで一気に話してきた私はそこでひとまず話を区切って私を囲んで座っている黒呆け蜘蛛の会の面々を見回した。「黒呆け蜘蛛の会」とは、暇人たちが月に一度集まって食事を供にする会なのだが、その会に毎回ゲストを呼び、ゲストが今までの人生の中で出会った不思議な出来事の謎を解いてみようという、好事家たちの酔狂な会なのである。
「このままではどうも目覚めが悪いんです。そこで、物好きな・・・いえいえ、有名な皆さん方のお知恵を拝借して、 この謎をぜひ解いて戴きたいというわけで」
 私にそう言われて、テーブルを囲んで座っていた黒呆け蜘蛛の会の面々は互いに顔を見合わせた。
 
【後半(次回)へと続く】

▼後半へと続くまでのCMタイムを利用して、買った新刊の紹介。

ミステリー文学資料館 編「わが名はタフガイ (ハードボイルド傑作選)」(光文社文庫)
 選ばれた作品を見ると、日本のハードボイルド小説史を振り返るには最良の短編アンソロジーではなかろうか。樹も見ながら森も見たような池上冬樹氏の見事なあとがきに補完しなきゃならない作家や作品はちょっと思い浮かばないなぁ。
滝本誠「渋く、薄汚れ。 ノワール・ジャンルの快楽」(フィルムアート社)
 「ノワール」という単語は映画と小説の相互に行き来して使われることも多いが、この書は、そのどちらのジャンルにも興味のある人には必読本であるな。それにしてもこの俺は40~50年代に作られたノワール・フイルムをホント、観てないよなぁ。
伊坂幸太郎「陽気なギャングの日常と襲撃」(祥伝社NON OVELS)
 相手が伊坂幸太郎だけに、「地球を回す」の映画化に便乗して出した続編とは言えないでしょう。このところミステリ離れをしていた伊坂幸太郎がこの小説では果たしてどう出るかが非常に興味深いところ。ちなみに「地球を回す」は伊坂作品の中では俺の評価は比較的低い部類なのだが。それとこの本、装丁が「地球を回す」とあまりにも似すぎているせいで、新刊が店頭に並んでいてもしばらく気が付かなかった。どうしてくれる?
スティーヴ・オルテン「邪神創世記 (上・下)」(文春文庫)
 スティーヴ・オルテンて、昔、別れたメグっていう女が太古の闇を裂いて海底深くから人類に襲いかかるっていう小説を書いた人だよな?(←全然違う) 前作の「蛇神降臨記」にせよ、本作にせよ、どちらにせよ変テコな小説を書く人のようなんだが。アメリカの半村良か?
ブリジット・オベール「神のはらわた」(早川HM文庫)
 「臓物小説」と聞けば、やっぱり買わずにはいられない。
エド・マクベイン「最後の旋律」(早川ポケミス)
 最後の87分署。「これでもうポケミスを買うことは二度とないな」と思っている87分署ファンも多いのではないか。何を隠そう、こう見えても俺も87分署のファンだった(←過去形で言わねばならぬ点が弱いけど)。確か「血の絆」あたりまでは読んでいるはずなんだがなぁ。
北島明弘「世界SF映画全史」(愛育社)
 税込み定価で9.030円もする本だが、これ一冊買っておけばこの先10年くらいはSF映画関連の本を買わなくても済むような気がするけどな。
唐沢俊一「猟奇の社怪史」(ミリオン出版)
 唐沢俊一にしては「クスリ通」「育毛通」に次ぐくらいつまらなそうな本なのではあるが・・・。
カール・ハイアセン「フラッシュ」()
 ジュヴナイルは原則として買わないことにしているのだが、作者がカール・ハイアセンともなれば話は別だ。
三遊亭金馬「金馬のいななき」(朝日新聞社)
 四代目三遊亭金馬、というよりは、やはり「お笑い三人組」の小金馬といった方が通りが良い・・・と言うような奴の歳はいったいナンボなんやねん? その金馬も早、現役最長高座歴の噺家になっていたとはね。
皆神龍太郎「ダ・ヴィンチ・コード最終解読」(文芸社)
 「ダ・ヴィンチ・コード」関連本も初期の頃に出た2~3冊を買ってはみたものの、さすがにこれだけ数が多くなってくると全て追っかけてはいられなくなる。でも、著者が皆神龍太郎ともなれば買っておいてもよいでしょう。
マイクル・Z.リューイン「カッティングルース (上・下)」(理論社)
 ジュヴナイルは原則として買わないことにしているのだが、作者がマイクル・Z.リューインともなれば話は別だ・・・って、なんだかつい最近同じような文章を書いた気がしなくもないが。
ジェフリー・A.ランディス「火星縦断」(早川SF文庫)
 この小説ってもしかして、21世紀版「火星の砂」といった雰囲気なのかなぁ? ちなみにクラークの「火星の砂」は600冊ほどあるマイ・フェイバリット・SFのうちの一冊である。
ラリイ・ニーヴン「リングワールドの子供たち」(早川書房)
 「リング・ワールド」のシリーズもこれで4作目だとか。何となくもっと沢山出ているのかと思ってたなぁ。1970年に第一作「リングワールド」が原著で出版されて34年を経て2004年に本書がようやく上梓された。実に息の長いシリーズであり、帯によればこの「子供たち」でついにリングワールドの謎が明かされるとのことなのだが、その謎がいったい何だったのかさえすでにすっかり忘れてしもうたわい。
ジョン・エヴァンズ「悪魔の栄光」(論想海外ミステリ)
 おおおっ、ポール・パインの「栄光シリーズ」だぁ! この本、今年の翻訳ハードボイルドベスト10にまず間違いなく入ると今から断言しておく。何故なら、たぶん年に10作もハードボイルドが訳されないような気がするからなのだが。
山田正紀「翼とざして アリスの国の不思議」(カッパノベルス)
 あくまでもファンの勝手な言いぐさだが、山田正紀もそろそろ本格推理を書くのに飽きて、出来るだけ早く冒険小説の世界に戻ってきて欲しいものなのだ。
東山彰良「愛が噛みつく悪い星」(カッパノベルス)
 何はともあれ、「オフ・ビート」という単語にめちゃめちゃ弱い俺なのだった。
エリック・マコーマック「隠し部屋を査察して」(創元文庫)
 奇妙な味の短編集。何が奇妙だといって、この本を俺が単行本の段階で買っていなかったのが実に奇妙だ。
山本禾太郎「山本禾太郎探偵小説選 2」(論創ミステリ叢書)
 そもそも山本禾太郎の選集を一冊出そうというだけでもある種の蛮勇と思えるのに、図に乗って第二集まで出すとは何事ぞ! 山本禾太郎を二冊も読みたいなんて酔狂な奴が一人でもいるんなら、ここに連れて来いってんだ。こりゃ俺みたいな「ただひたすら所有しておきたい」という莫迦を対象にした商売に他ならないもん。そもそも「禾太郎」という名前自体、正しく読める奴なんて日本に30人くらいしかいないだろうが!(ここまで文句付けるんなら買うなよ>俺)
いしい ひさいち「大問題 ’06」(創元文庫)
 現在の漫画家で「天才」と呼べるのは、このいしいひさいちただ一人ではなかろうか。天才は常にジャンルを創設し革新し続けるのである
J.J.コノリー「レイヤー・ケーキ」(角川文庫)
 英国発クライム・ノベルで近々日本で公開される映画の原作小説だそうである。で、その映画は「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」や「スナッチ」のプロデューサーが監督に初挑戦した作品らしい。予告編を観るとかなりカッコイイ。
爆笑問題「偽装狂時代 爆笑問題の日本原論5」(幻冬舎)
 時事ネタを扱ったもので言えば、いしいひさいちの「大問題」とこの「日本原論」さえ読んでおけば、世相の動きはほぼ把握できるな。「釈尊ファイブ」というギャグはなかなかに秀逸。 

▼このところ本はたいして買ってはいないが、DVDはよく買っている。
書店で売っている500円DVDでチャップリンの「ライムライト」「殺人狂時代」、S・キングのオリジナル脚本のTVM「ストーム・オブ・ザ・センチュリー」と同じくキング原作の「ライディング・ザ・ブレット」、ブレイク・エドワーズとピーター・セラーズの「ピンク・パンサー」コンビの「パーティ」、それに、やったね! ピーター・ジャクソン版「キング・コング」といったところ。「キング・コング」は当然、2枚組のプレミアム・エディションだいっ!
 それにしてもまさか500円玉一個でチャップリンの名作を自分の物に出来る日が来るとはね。実際に見かけたことはまだ無いが、チャップリンでは「街の灯」以外の長編は全て500円で買えるようになっていたんだ(ここ参照)。一度観て以来、ずっと手元に置いておきたかった「ストーム・オブ・ザ・センチュリー」のみがDVD未発売のために中古ビデオだが、上下巻合わせて4千円。映画館で見逃した「ライディング・ザ・ブレット」は近所のレンタルビデオ屋を数軒廻ってみても何処にも置いてなかったので業を煮やして購入してしまう。「パーティ」は前々から観たかった一本でもあるし、スティーブ・マーチンの「ピンク・パンサー」リメイク記念に買うことにした。でも、スティーブ・マーチン版「ピンク・パンサー」はたぶんロードショーでは観ないだろうけどね。「キング・コング」はもったいなさ過ぎて特典ビデオが観られねぇ!

 で、レンタルビデオで借りてきて観たのは「エレクトラ」と「ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ」「蝋人形の館」の三本。「キャットウーマン」「イーオン・フレックス」に次ぐ女闘美映画の「エレクトラ」は、何故だか日本人が敵役。主役の女刺客人エレクトラも「キル・ビルvol.1」に於けるルーシー・リューの「ヤッチメェナ!」と同じくらい非道い日本語を話します(笑)。 ロバート・ デ・ニーロ&ダコタ・ファニングの「ハイド・アンド・シーク」は、見終えて「こりゃまた見え透いた結末だなぁ。このラストが読めなかった奴なんているもんだろうか?」と思ったのだが、意外に近いところに先の読めなかった者がいることが分かった(この人)。なるほど、世の中には色んな奴がいるもんだ。ダーク・キャッスル製作の「蝋人形の館」はホラー映画としてもさすがにストーリーは古めかしいが、ラスト近くの崩壊し焼け落ちていく蝋人形館のシーンはなかなかに迫力がある。

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▼ポール・サイモンのニュー・アルバム「Surprise」を購入。今回はブライアン・イーノが共同プロデュースということで、果たしてどんな音になるものかと聴くまで期待と不安が入り交じっていたのだが、結論を言えばやはりポール・サイモンの音にはそぐわなかったんではなかろうか。ブライアン・イーノってグラム・ロック(←古い?)の人でしょ? 聴く前から何となくポール・サイモンとは水と油のような気がしてたもんなぁ。今回のサウンドは、アルバムで言えば「ハーツ・アンド・ボーンズ」あたりまで遡った感じなのかな。どうせ遡るんならばソロアルバム初期三作あたりまで戻ってもらえれば個人的にはすっごく嬉しかったのだが、たぶんそれは無理な注文。それにしてもこのアルバムでブライアン・イーノに付けられた肩書きの「SONIC LANDSCAPE」ってのは、いったいどういう意味なんよ?

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May 10, 2006

GWの古本市で

▼ということで、トニー・チャーの「トム・ヤム・クン」を観てきた。世の中に数多あるアクション映画の中でもちょっと格が違う出来。トニー・チャーってホント、凄えよなぁ。今回のトニー・チャーは関節技が中心で、「マッハ!!!!!!!!」の時の打撃系アクションと較べて見た目は地味だが、やられる方はやはり確実に痛そうなんである。中でも何てったって凄いのは「49人連続関節極め」だね。こりゃ木戸銭払ってでも一見の価値ありですぜ、旦那。並のアクションスターとはやることが違うと、ちょっと感動してしまった。でも、相手となるチャイニーズ・マフィアたちもわざわざ一人ずつ掛かっていかないで、さっさと拳銃撃てばいいのにね(笑)。トニー・チャーの次作はどうやら「マッハ!!!!!!!!」の続編となるらしいので、これはもう今から大期待である。
 それにしても、俺は初日土曜の夜9時という結構な時間帯の回で観たのだが、観客はわずかに13名(そのうち男は11名)。世の中の格闘技映画ファンってこの程度しかいないものなのか?

▼劇場ではもう一本。「Vフォー・ヴェンデッタ」だ。舞台は近未来のイギリス。「1984」的な世界であるが、欧米人たちは何故かこの手のディストピアものが大好きなのが不思議でしょうがない。主人公のVを演じるのは“エージェント・スミス”ことヒューゴ・ウィービング。しかし役柄上、常に仮面をかぶっているので、主役でありながらスクリーンに素顔が出ることは一切無い。俳優にしてみれば何だかやり甲斐の無い役だが、「透明人間」のクロード・レインズみたいなもんと思えばよいのか。ラスト近くで仮面をかぶったVがウジャウジャと群れをなして出てくるが、「マトリックス」で増殖するエージェント・スミスを連想してしまった。映画としては決して詰まらなくはないが、積極的に「面白かった!」とはちょっと言い難い映画でありました。

▼GW中の古本市に赴く。俺が古書市会場に到着するや否や、待ちかねたように声を掛けてきたのは名古屋メンバーのぽかぽかだ。ぽかぽかは「古本屋探訪日記」なるサイトを開いているうちに木乃伊取りの故事よろしくその気になってしまったのか、せっかくの安定した仕事に見切りを付けてこの春にいきなり脱サラしてしまって、現在は古本屋の開業準備中なのである。「古本屋冬の時代」といわれる昨今に、ある意味チャレンジャーであることは認めるが、まったく俺には近頃の中年男の考えていることはさっぱり分からんわい。
 その古書市で買ったのは一冊だけ。桑原稲敏「往生際の達人」(新潮社、1998、300円)。戸板康二の「ちょっといい話」や永六輔の「その世界」三部作と同系統の芸人逸話集だが、前掲書と異なるのは芸人の死に特化した内容となっている点。ちなみに本書に収められている逸話を一つだけ紹介する。

講釈師の神田好山は酔っ払って街の占い師に手相を診てもらった。占い師が冗談に「あと三年の命です」といったところ翌日、自ら命を絶っている。その遺書にはこう書いてあった。

「ざまあみろ、てめぇの占いは当たらねぇ」

 古書市会場を出て、ぽかぽかと男二人連れで近所のファミレスへと向かう。
「で、どうすんだよぉ、古本屋は?」とランチを食いながら訊いてみた。「店のオープンはいったいいつ頃になりそうなんだ?」
「七月頃には何とか開店にこぎ着けたいと思ってるんだけど、なかなか捗らないんだよねぇ」とぽかぽか。
「準備、大変そうだもんな。で、どこまで進んだの?」
「とりあえず店の場所を決めて、警察に古物商の届け出を出して、本棚を発注した」
「ふむふむ(・・・こりゃあ、まだまだ時間が掛かりそうだな)」
「あっ、店の名前も決めたよ。わかば書店っていうんだ」
 「結婚は人生のわかばなり」「わかばの鬼太郎」・・・・といった店の行く末を暗示するような不吉なシャレが頭に浮かぶが、俺も大人だ、とりあえずは黙っておいた。「なるほど、意外なほど着々と進んでるようだね。じゃあ、本を棚に収めるのもこれからの仕事なんだ」
「そうそう。本の値付けもまだ一冊たりともしてないよ」
「だったらいっそのこと、『この棚の本はALL百円均一』『こちらの棚は全品三冊二百円均一』みたいにすれば値付けの手間は要らないよ」
「あはははは、それって実にいい考えだなぁ」と、あくまでも脳天気なぽかぽかである。
 これは単なる俺の予感だが、ひょっとすると店のオープンはこの七月には間に合わないんではなかろうか。いや、単なる予感なんだが。

 店の場所を訊くと、何とまぁ俺の勤務先のすぐ近くである。まるでこの俺一人をターゲットとして古本屋を開くようなもんだ。その他にも開業予定の古本屋について色々と尋ねてみるが、ぽかぽかから返ってくるのはやる気があるのやら無いのやらよく分からないような生返答ばかり。繰り返すが、近頃の中年男の考えていることは俺にはさっぱり分からんのである。

 つーか、こいつ、ひょっとすると何にも考えてないんでは……?

 ともあれ古本屋の開店までには何とかこぎ着けて欲しいと切に願う。開店して俺が2冊でも3冊でも欲しい本を抜いた後ならば、その時は潰れようが夜逃げしようが好きにしてもらっても一向にかまわないのだが。

▼それ以外に買っていた古本はこんなところ。

 アマンダ・クロス「殺人の詩学」(三省堂、1996、100円)
 ジャック・マール=セネカル「『風とともに去りぬ』殺人事件」(集英社、1983、100円)
 ポール・ギャリコ「ゴールデン・ピープル」(王国社、1987、100円)
 ディヴィッド・キャラハン「星条旗への謀叛」(早川書房、1997、1,000円)

 アマンダ・クロスは百円で見かけると何となく買ってしまうなぁ。この「殺人の詩学」はどう考えてみてもダブリだ。次の「『風とともに去りぬ』殺人事件」もダブリ本だが、同著者の「『そして誰もいなくなった』殺人事件」と較べると、古本屋で見かける確率はこちらの方が少ないんじゃないの? ギャリコの「ゴールデン・ピープル」 は小説ではなく、ギャリコのもう一つの本業であるところのスポーツ・エッセー集。ベーブ・ルースやボブ・ジョーンズ、ジャック・デンプシー、タイ・カップ、プリモ・カルネラといったアメリカ・スポーツ界の巨人たちについて書かれた好エッセー集である。

▼GW中に観ていたDVDのタイトルを順不同で挙げるとすると、こんなところだ。
 スクール・オブ・ロック楽屋の王様ブレイド3下妻物語バトル7クリミナルダイナマイト関西……etc.
「etc.」と書いたのは、あえてブログで公にしたくないDVDを観ていたわけでは決してなく、これ以外は単に忘れてしまったからである。はっはっは、つい数日前のことなのに、きれいさっぱり忘れてしもうたわ。
「スクール・オブ・ロック」はジャック・ブラックの独演会。ジャック・ブラックというと、俺は「ギャラクシー・クエスト」の善良な宇宙人サーミアンの一人を演じていたと今の今まで思いこんでいたのだが、これって違うんだよね。よく似てるんだがなぁ。ジャック・ブラックには今度はぜひ、手塚治虫キャラを演じさせたいなぁ。題して「ジャック・ブラックのブラックジャック」。どうよ? 芸能生活40周年を記念して博品館劇場で行われたワンマン公演を収録したのが小松政夫の「楽屋の王様」。意外に面白くない。どうせなら伊東四朗との二人芝居をDVD化してもらった方がよかったなぁ。「ブレイド3」は過去二作に較べると格段に落ちる。このシリーズは「2」→「1」→「3」の順で出来が良い。世評にたがわぬ面白さが「下妻物語」。「映画秘宝」にまんまと騙された「バトル7」。インディーズっぽい出来の「クリミナル」は、詐欺師映画。巻頭、いきなり電話を使った「オレオレ詐欺」が出てきて失笑してしまう。「オレオレ詐欺」のルーツはもしかしてアメリカなのかな? ごちゃごちゃ言わんと、誰が一番おもしろいんか決めたらええんや!……と銘打たれた大喜利大会の「ダイナマイト関西」。2003年の決勝戦を収録したこのDVDを観ていると、わずか3年前に収録されたものなのに時代の趨勢を感じてしまう。木村祐二、板尾創路、千原兄弟のジュニアなどの中堅どころに加えて、次長課長の河本、ザ・プラン9、たむらけんじ(チャ~)に関東から招いたおぎやはぎの小木、ドランクドラゴンの塚地といった現在のTVの深夜お笑い枠を支える芸人たちが出場メンバーで、ナレーターを今をときめくレイザーラモンがやっているという、ある意味、無駄に豪華なメンバー。未だに全国的に名前が通っていないのは、主催者のバッファロー吾郎の二人とケンドーコバヤシくらいのものか。これ、勝敗の判定をもう少し厳密にやる方法は無いのかなぁ。

▼新刊。
 新堂冬樹「毒蟲 vs.溝鼠」(徳間書店)
 爆笑問題「爆笑問題の風説のルール」(集英社)
 ジョイ「ダラー・ビル」(青山出版社)
 久山秀子「久山秀子探偵小説選 Ⅲ」(論創ミステリ叢書) 
 クレイグ・ライス「ママ、死体を発見す」(論創海外ミステリ)
 ヴェラ・キャスパリ「エヴィー」(論創海外ミステリ)
 首藤瓜於「刑事の墓場」(講談社)
 ジョナサン・キャロル「蜂の巣にキス」(創元推理文庫)
 筒井康隆「壊れかた指南」(文藝春秋)
 西原理恵子「毎日かあさん 3」(毎日新聞社)
 マーシア・ランディ「モンティ・パイソン研究入門」(白夜書房)
 リチャード・ベン・サピア「キリストの遺骸 (上・下)」(扶桑社文庫)
 芦原伸「西部劇を読む事典」(日本放送出版協会 生活人新書)

 日々、続々と目新しい本やそれまで見たこともない本の出る新刊の世界。いやなに、新刊だから当たり前のことなんだが。それだけ多くの本が世に出てなおかつ買っていると、買った新刊について一冊ずつ、この「未読王購書日記memo」で触れる機会がなかなか訪れない。しかし、俺も決してアホではない。「♪チチンプイプイ、ドレニシヨウカナ」でその日、買う本を選んでいるわけではないのだ。傍目にはめったやたらと買いまくっているように見えたとしても、一冊ずつ、俺なりの購入動機はあるのである。それがたとえ余人には決して理解し難いような理由であろうとも、自分なりには納得した上で買っているのである。これまでは買った新刊について、単にブログの脇で書影とともにタイトルのみを紹介していただけだったが、先日から「余は如何なる理由にてこの書物を購ゐし乎」と題して一冊ずつ購入動機も記すことにしてみた。大方、しばらくすると理由を思いつくことが面倒くさくなって、「この(著者の/シリーズの/出版社の/国で出た)本は今まで全部買っているから」だとか「本屋に入っても、他に何も買いたい本がなかったから」だとか「本屋でたまたま手に触れてしまったから」といった理由が続くことになるかも知れないが、その時はその時だ。とりあえずは行き詰まるまで続けるつもりである。

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April 22, 2006

ほとんど映画の話ばっかし

▼スティーヴン・キングの大傑作ホラー小説「呪われた村」が再映画化(「死霊伝説 セーラムズ・ロット」)されていたことを今頃になってようやく知る。最初の映画化の際の監督はご存知トビー・フーパーだ。「呪われた村」を最初に映像化したトビー・フーパー版はもともとTVムーヴィーとして製作されたのだが、出来映えのあまりの恐ろしさにほぼ半分の時間に無理矢理短縮されて劇場公開版としてようやく陽の目を見たという曰く付きのシロモノ。二度目の映像化となる今回は果たしてどうか。出演者もロブ・ロウ、ドナルド・サザーランド、ジェイムズ・クロムウェルにルトガー・ハウアーとそれなりに豪華だ。それに今度もTVムーヴィーとして作られているのも印象が良い。スティーヴン・キング原作の映像化作品では劇場公開版はほとんど駄作が占めており、TVムーヴィー版にこそ傑作が揃っているというのが識者(←何を隠そうこの俺のことなんだが)の見方なのである。実際、キングの原作をたかだか2時間程度の映画枠に収めることなど人間業ではないのである。私見ではS・キングの映像化作品ベスト3は「ザ・スタンド」「ストーム・オブ・ザ・センチュリー」「TVムーヴィー版 シャイニング」の三本で、この三本は全て劇場公開版ではない。

 で、この「死霊伝説」は如何なものか。結論を言えば、残念ながらキング映像化作品ベスト3を書き換えるまでには至らなかった。ストーリーは面白いんだけど(なんたって、原作の「呪われた村」は俺にとってキングのベスト長編だ)肝心の「怖さ」の点で少々物足らない。いや、いい線はいってるんだけどね。

 「死霊伝説―セーラムズ・ロット」以外にはレンタルDVDでさまよう魂たちカンフー麻雀ダニー・ザ・ドッグといったところを借りてきて観た。「さまよう魂たち」はピーター・ジャクソンがハリウッドに招かれて撮った最初の映画。ハリウッド初監督作品ということもあって概ね真面目に撮ってはいるのだが、ゲロやら死体破壊やら頭部爆発といったピーター・ジャクソンのグロテスク趣味がところどころに顔を出すのが何とも微笑ましい。この映画のすぐ後で「ロード・オブ・ザ・リング」の監督に大抜擢されるんだから、ハリウッドにも眼のある奴はまだまだいるってわけだ。「カンフー麻雀」は「カンフーハッスル」で世界最強の大家夫婦を演じたユン・ワー&ユン・チウの二人が主演した香港コメディ。申し訳ないが今まで香港コメディを面白いと思ったことのないこの俺が観たのがそもそも間違いだった。噂ではすでにこの映画の続編まで作られているそうで、さすがに香港、やることが何とも素早いぜ。ロードショーで見逃した「ダニー・ザ・ドッグ」はレンタル落ちを待ってて正解だったかなぁ。さすがにジェット・リー、アクション場面の動きは相変わらずすごいものがあるが、如何せんこのフィルムではドラマ部分が長すぎた。脇に廻ったモーガン・フリーマンやボブ・ホスキンスもちょっと困ったのではないか?

▼ロードショーで観たのは「プロデューサーズ」。ミュージカルに生まれ変わってブロードウェイで大ヒットしたメル・ブルックス原作の舞台版の映画化である。ブロードウェイのオリジナル・キャストである二人(ネイサン・レインとマシュー・ブロデリック)も良いが、オカマの演出家とその恋人役のゲイリー・ビーチとロジャー・バートの二人が何といっても儲け役。ウィル・ハレルのナチス信奉劇作家も妙にハマリ役だなぁ。失礼ながらこんなに面白いウィル・ハレルは初めて見た。ウィル・ハレルと同様にSNLの同窓組としてジョン・ラビッツも出演しているのもご愛敬。それにしても「プロデューサーズ」が映画化されるんならば、ひょっとしてモンティ・パイソンのブロードウェイ版「Spamalot」も映画化されないもんだろか?
 俺にとってメル・ブルックスの映画は「ヤング・フランケンシュタイン」が最高かつオンリーワンなだけに、「やはりメル・ブルックスが出演しないメル・ブルックス映画は良いわい」と思いながら観ていたのだが、エンドロールの最後の最後で画面にメル本人が登場してきやがった。ちぇっ(笑)。

▼行きつけのレンタルビデオ屋が中古ビデオの放出セールをやっていたので、目に留まったものを何本か買う。一本百二十円也。買ったのは第三の標的(1979)、マッド・ドッグス(1998)、サンシャイン・ボーイズ/すてきな相棒(1995)、アルジャーノンに花束を(1968)の四本である。「第三の標的」の原作はロス・マクドナルドの「三つの道」。リュウ・アーチャーが登場するのはこの次に書かれた長編の「動く標的」からである。「マッド・ドッグス」は出演陣がリチャード・ドレイファス、ジェフ・ゴールドブラム、ガブリエル・バーン、エレン・バーキン、ダイアン・レイン、カイル・マクラクラン、グレゴリー・ハインズ、バート・レイノルズ、ラリー・ビショップ、ポール・アンカ、ヘンリー・シルヴァ、リチャード・プライアー、マイケル・J・ポラード、ビリー・アイドルと、こうして書き写すのが嫌になるほど無茶苦茶ゴージャスなメンバーによる犯罪映画。それぞれの役者に見せ場がある点も立派である。「サンシャイン・ボーイズ/すてきな相棒」は75年にニール・サイモン原作脚本でウォルター・マッソーがアカデミー主演男優賞にノミネートされた「サンシャイン・ボーイズ」のTV用リメイク。TV用だからと言っても馬鹿には出来ない。こちらの主演はウディ・アレンとピーター・フォークで、ある意味オリジナル版よりも贅沢な配役である。「アルジャーノンに花束を」は映画ファン向けには「まごころを君に」と言った方が通りが良かろう。この4本、まとめてたったの480円ってのはまるで嘘のような値段だ。
 もう一本、BOOK-OFFの中古ビデオで「破壊!」(1974)。エリオット・グールドとロバート・ブレイクのバディ刑事ものだが、監督が先日観たばかりのピーター・ハイアムズ。劇場公開時以来、いったい何年ぶりに観ることになるんだろう。こちらは三百円也。一本百二十円に較べたら、やけに高い買い物をしてしまった(笑)。

▼新刊。
 山本禾太郎「山本禾太郎探偵小説選 1」(論創ミステリ叢書)
 吉田戦車「戦車映画」(小学館)
 いしいひさいち「バイトくん 5 アパートの鍵壊れてます」(双葉文庫)
 桂枝雀「桂枝雀爆笑コレクション 5 バことに面目ない 」(ちくま文庫)
 快楽亭ブラック「快楽亭ブラックの放送禁止落語大全」(洋泉社)
 レックス・スタウト「手袋の中の手」(早川ポケミス)
 藤田知浩 編「外地探偵小説集 上海篇」(せらび書房)
 宮風耕治「ロシア・ファンタスチカ〈SF〉の旅」(東洋書店)
 樽見博「古本通 市場・探索・蔵書の魅力」(平凡社新書)
 紀田順一郎「戦後創成期ミステリ日記」(松籟社)
 泡坂妻夫「春のとなり」(南雲堂)
 立川談志「談志絶唱昭和の歌謡曲(うた)」(大和書房)
 目黒考二「新・中年授業」(本の雑誌社)
 本の雑誌編集部編「本屋大賞 2006」(本の雑誌社)
 イアン・ランキン「影と陰」(早川HM文庫)
 マイケル・スワンウィック「グリュフォンの卵」(早川SF文庫)

 今でこそ推理小説に関してほとんど書くことのなくなった紀田順一郎なのだが、昭和30年代には大学ミステリ研究会の皓歯たる慶応大学推理小説同好会や今も本格の鬼たちの集うSRの会の最初期のメンバーであったとともに、往時はそれぞれの機関誌で内外のミステリについて熱く精力的に語っていた時代もあった。「戦後創成期ミステリ日記」はその頃にミステリ(本書内では、今でこそまず耳にすることのなくなった「推小」という略語がよく使われているのも懐かしいが)について書かれた著者二十歳代の文章--ミステリ時評やミステリ論--をまとめたものとして非常に貴重である。
 今、読んでみて驚くのは、たとえば「ナイン・テイラーズ」や「長いお別れ」といったベストテンクラスの名作を「冗長!」の一言で切って捨てている点。「若気の至り」かどうかは知らないが、こりゃあなかなか言えない一言だぜ。清張哲也彬光の三人を「推小界の三悪」と断定している点もすごい。現在の「常識」からいえば、この三人--特に鮎川哲也までをも--「三悪」と呼ぶのはちょっと理解しがたい見方ではある。これが当時の推理小説マニアの中のごく一部の特殊な意見だと思えなくもないが、(それがたとえごく一部にせよ)過去にはこうした見方もあったことは記憶に留めておくべきだろう。本書の約半分の頁を占める「To Buy or Not to Buy」に倣えば、この「戦後創成期ミステリ日記」もMust Buy! の一冊。
 本屋大賞も三回目にして既に「権威」と化してしまったようだが、このたびの「東京タワー」の受賞にはいろいろと思うことのある方々も多いのではないか? 驚くべきは直木賞、推協賞W受賞の「容疑者X・・・」にまで何票か審査員の票が入っていたこと。審査員の書店の皆さ~ん、気を確かに持ってくれよぉ! 本屋大賞はそういう趣旨の賞ではないでしょうに。

▼買った古本は、店買いで中島河太郎編「悪の美学」(サンケイ出版、S48、100円)、目録買いで平石滋「筒井康隆大事典 全書籍作品目録」(自費出版、1979、2,500円)と僅かに二冊だけ。「筒井康隆大事典」は1991年に出た改訂版の『筒井康隆大事典 ふたたびPART1』の方は持っているのだが、先に出たこちらの方は持っていなかった。ま、改訂版を持っていればそれで充分事足りるのだが、マニアとしてはそうもいくまい。オマケの付録もちゃんと揃っていてちょっと嬉しい。

▼さぁ、いよいよ待ちに待った「トム・ヤム・クン」の公開だぁ。

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April 07, 2006

劇場公開SF映画2本

▼二本の封切り映画を観る。「サウンド・オブ・サンダー」と「ナイト・ウォッチ」の二本である。「サウンド・オブ・サンダー」は、ご存知ブラッドベリの「いかづちのような音」が原作。昔、この短編の題名を間違えて記憶していて「雷鳴のような音」と言ってしまったことかあったが、それじゃ「馬から落ちて落馬して」とおんなじだよな。監督はピーター・ハイアムズ。ハイアムズの映画ですぐに思い出されるのは「カプリコン・1」と「2010年」といったあたりで、SF映画を撮るのにはさすがに長けた監督である。SF設定がいくらいい加減であっても、語り口で大方の映画ファンは何となく騙せちゃうんじゃないの? 舞台が2055年ということで未来社会を走り回る未来の自動車がヤケに目立つと思っていたら、そのあたりはシド・ミードの手によるものらしい。ネットでの評判を眺めるとこの映画のCG特撮やタイム・パラドックスの設定に対して賛否両論--というかどちらかと言えば否々両論があるようだが、まぁそれほどまでにひどいものではない。一番すごいのは「進化の波」がホントに打ち寄せてくるところだわな。いったいどこから打ち寄せて来たんだか(笑)。
 もう一本は、ロシアでかなりヒットしたSF--実際はダーク・ファンタジーとのこと。こちらの原作もすでに邦訳が出ている。思えば俺がロシア映画を観るなんて「戦艦ポチョムキン」以来ではなかろうか。いや、さすがにそんなことはないな。封切りで「ヨーロッパの解放」三部作を観て以来か。それにしても間が開いたのだが。
 前評判では映像的にかなり面白いものが観られるかと期待したのだが、結果はそうでもなかった。何となくどこかで観たような印象の映像が多く、そこが残念。画面下に英語字幕、画面右に日本語字幕が出るようになっていて、英語字幕の方は色々と遊んでいるのに日本語字幕は背景色とかぶってやけに読みづらい。アメリカ公開版を日本に持ってきたせいでこうなっているのかと思ったら、どうやらロシア公開版自体にも英語字幕が付いていて、その英語字幕までが監督の手になるものらしい。三部作の第一作ということでストーリー自体はあくまでも「発端篇」。2作目以降がもしも日本で公開されたとしても、たぶんビデオスルーになっちゃうかもね。

▼郵政民営化には積極的に賛成してこなかったこの俺なのだが、過日、「手前ぇらは一度、骨の髄まで民営化されねぇと分からないようだなぁ!」と叫びたくなるような出来事に遭遇した。

 10年ほど掛けていた簡易保険の満期の知らせが郵便局から届いた。満期の受取額がたかだか2~3億程度のハシタガネなのでしばらく放っておいたのだが、しつこく言ってくるので保険証書や運転免許などの必要書類を揃えて近所の郵便局に受け取りに行くこととした。持参した書類を局員が一通りチェックした後に一言。「えぇと……、それではご本人さまの性別を確認できる書類は何かございますか?」
「あの……、ご本人さまの性別というと?」
「いえ、男性なのか女性なのかってことですよ」

 はぁぁぁぁぁ?

「いや、だからこの私がそのご本人さまなんですが」
「あなたが本人だろうが何だろうが、満期保険金の受け取り手続きには性別を確認できる書類が必要なんですよ」
 よく見ろよな、おい。子供の頃は確かに「あらまぁ、まるで女の子みたいに可愛いわねぇ」とよく近所のおばちゃんたちから言われたこの俺なのだが、さすがに昨今は女性に見間違えられたりすることはないんだけどな。
「だったら運転免許証を見たらいいじゃないですか」と俺。
「普通の人は簡単にそう思うかも知れませんが」と郵便局員。「免許証には性別を記載している欄はないんですよ」
 あ、そうなのか。なるほど、言われてみれば確かに運転免許には性別は書かれていないのだった。
「あのぉ……、私が女性のように見えますですか?」とついつい下の方から局員に尋ねてしまう。
「いえ、紛う方なき男性ですよね。それもどちらかと言えば苦み走ったいい男」と局員。
「だったらそれでいいじゃないですか」
「いえ、それがそういうわけにもいかないんで」と局員。「やはり書類がないとねぇ」そう言う顔は「ふっふっふ、どうです、これが例の有名な『お役所仕事』というやつなんですぜぃ」と言わんばかりの顔をしている。

 それにしても、世の中にはポッと頬を染め目を潤ませながら俺の性別を間違いなく保証してくれる女の子たちがそれこそ星の数ほどいるというのに、何故この郵便局員はそんな簡単なモノの道理が分からんのだ。それにそもそも満期保険金の受け取りに際して俺の性別が如何なる影響を与えるのかがさっぱり分からない。その点を尋ねてみると、どうやら性別の違いによって掛け金の額が変わるらしいのだが、こちらはその保険に対して契約段階での一括払い込みでとうに済ませているのである。これから保険の掛け金を払っていくというような段階ではないのだ。こりゃ単なる嫌がらせか、あるいは単に払い渋っているだけではないのか?

「じゃあ、いったいどうやって自分自身の性別を証明すればいいんですか?」と俺。何だよ、この不条理な質問は。まるでカフカの小説の主人公にでもなったような気分である。近くにいた若い女性局員を指さしながら「何ならあの子の前で素っ裸になってみてもいいんですが」と嫌みったらしく言ってやる。もしもこの俺が女性ならば、これくらいのことでは同性に対するセクハラにはならんはずだ。
「もしかして平成16年以前に発行された保険証はご自宅に保管されてはおられませんか?」と局員。そんなもん、無論あるはずもない。「では念のためにお訊きしますが、今、パスポートはお持ちじゃないですか?」
「持ってません」と俺。海外旅行中でもあるまいし、常にパスポートを持っているはずがない。それにだいたいこの俺は海外旅行が大っ嫌いなので、はなからバスポートなど作っていないのである。
「それでは厚生年金手帳は?」
「そんなものは見たこともありません」と俺が答えると、「おそらくお勤めの会社が保管しているんじゃないかと思います」との答え。とりあえずはその厚生年金手帳なるものが必要だと分かったので、日を改めて受け取りに行くこととなった。とんだ無駄足である。

 翌日、会社に預けられていた厚生年金手帳を手に再度、郵便局へと赴く。

「なるほど、どうやらあなたは本物の男性のようですね」と昨日の郵便局員。おいっ、今まで疑っていたんかい!
 これでようやく窓口でのシチ面倒な書類のやりとりが終わったと安堵しかけたところで局員が顔を挙げて言った。「この年金手帳を作った時のあなたの性別はこれで分かりました。で、現在のあなたの性別を証明できる書類は何かあります?

 見りゃ分かるだろがよっ! ……と大声で叫び出したくなる気持ちは無理に喉の奥へと押し込む。所詮、相手は木っ端役人だ。マニュアル通りに動いている単なる操り人形に過ぎない。
「私の今の性別はどんな書類で確認できるんですか?」と疲れ果てた声で尋ねる俺なのであった。
「そうですね」と局員。「やはり戸籍謄本か戸籍抄本ということになりますね。あ、それで一つ、朗報がありますよ」
「それは何です?」と俺。
「謄本か抄本があれば厚生年金手帳は不要ですから」

・・・それを早く言わんかぁい! だったら最初から区役所に行って貰ってきてたわい!

 ということで、政府には郵政民営化を更に一段と強力に推進して貰いたいと切に願う俺なのだ。いい加減にせぇよ、ったく。

▼買った新刊。
 矢野誠一「落語CD&DVD名盤案内」(だいわ文庫)
 「文藝別冊 古今亭志ん生 落語の神様」(河出書房新社)
 五条瑛「愛罪(R/EVOLUTION5)」(双葉社)
 戸梶圭太「宇宙で一番優しい惑星」(中央公論新社)
 と学会「と学会年鑑 YELLOW」(楽工社)
 レヴ・グロスマン「コーデックス」(ソニー・マガジンズ)
 田中哲弥「やみなべの陰謀」(早川JA文庫)
 ジョセフィン・テイ「列のなかの男」(論創海外ミステリ)
 ラング・ルイス「死のバースデイ」(論創海外ミステリ)
 バロネス・オルツィ「レディ・モリーの事件簿」(論創海外ミステリ)
 ジェイムズ・カルロス・ブレイク「荒ぶる血」(文春文庫)
 マックス・アラン・コリンズ「ピンクパンサー」(文春文庫)
 
 早川JA文庫で出た田中哲也という作家に記憶はなかったが、大森望氏による解説を読んで、あぁ、あの人かとようやく思い出した。この人の書いた小説とは縁がないが訳を担当した「悪魔の国からこっちに丁稚」(電撃文庫)は買ってあるのでる。この「悪魔・・・」を買った理由は、無論、作者がスプレイグ・ド・キャンプということもあったのだが、本屋で田中哲也の書いた訳者あとがきを立ち読みしてぶっ飛んだことが大きい。俺がそのあとがきのどんなところにぶっ飛んだのかといえば、この「やみなべの陰謀」でその部分を大森望氏がまるっと引用されているので一度ご照覧あれ。 

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▼ドナルド・フェイゲンの十三年ぶりの新譜「モーフ・ザ・キャット」をようやく入手する。アルバムのどこから聴いても一発でドナルド・フェイゲンだと判る音造り。偉大なるマンネリ、でもそれがすげぇカッコイイ!

▼古本購入は一冊も無し。このところは古本屋を覗くことも滅多にない上に目録注文もしなけりゃ古書市にも行かないという、古本とはずいぶんとかけ離れた生活をしているなぁ。

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March 31, 2006

女私立探偵調査報告補遺

2002年2月26日の「未読王購書日記」で佐藤みどりという著者の「情事の部屋」という本を買った俺はこんなことを記している。

最後の佐藤みどり『情事の部屋』はタイトルに惹かれて買いました。・・・って、違うわいっ! 副題に「若き女探偵の尾行記」とあるようにこれは実録ものである。著者写真を見る限り、佐藤みどりはなかなかの美人。女私立探偵というもの珍しさとその美形が幸いしたものか、当時の探偵作家クラブにも入会を許されている。しかもこの本には乱歩と高太郎の両巨頭の跋文入りだ。いやもう、ちょっと相手が若い娘だと耳にしたら、みんな揃って鼻の下をのばしちゃって、このこの~。

 この時には、探偵作家クラブに入会している本物の女私立探偵という物珍しさと乱歩と高太郎という当時の探偵文壇の両巨頭の推薦文が付いている点、それに加えてタイトルの艶っぽさに惹かれた若干のスケベ心を動機としてほとんど偶然にこの本を手に取っただけで、著者の佐藤みどりという人物に関しては何一つとして知識がなかった。

 それから時を経て昨年、乱歩関連のサイトとしてはおそらく国内最高峰である「名張人外境」を主催される人外境主人さんが自らの日記の中で、たまたま俺の書いた戯文も引き合いに出されながら、この佐藤みどりなる人物は先の衆院選挙で小泉チルドレンの一人で岐阜に刺客として送り込まれ野田聖子元郵政大臣と熾烈な選挙戦を演じた佐藤ゆかり現衆議院議員の実の母親だぁっ!……と意外な研究成果を発表されている。母は探偵、娘は刺客。……う~む、考えてみりゃものすごい一家だよ、こりゃ。
 人外境主人氏のその後の調べによれば、佐藤みどりは菊池寛の個人秘書を務めたこともある才媛で、「情事の部屋」以外にも「女の眼」という著書があり、そちらの本の帯にもちゃんと乱歩の推薦文が付けられているという。う~ん、一冊だけならまだしも二冊も推薦文を寄せるとは、美人女探偵を前にしていったいどこまで伸びてたんやろか、乱歩の鼻の下は? 人外境主人氏は「ここまで来ると、いっそ日本でただひとりの佐藤みどり研究家になってやろうかと思わないでもありません」とまで書かれている。

 ……そうはさせてなるものかぁ!

 人外境主人氏には何の恨みもないが、この俺はオリンピックの短距離走で世界新記録が出た時や芸能人の幸せそうな婚約記者会見を目にしたりすると、必ずと言っていいほど「そうはさせてなるものかあっ!」と思う奴なのである。レストランでは自分が注文した料理よりも人が注文した料理の方が美味そうに見えてしまい、目の前に鏡があると「世界で一番美しいのはだ~れ?」と鏡に向かって必ず尋ねてしまうタイプなのだ。故に「日本でただひとり」などと書かれると、意地でもそれを阻止したくなるのである。
 しかし「我こそが日本一の佐藤みどり蒐集家である」と名乗るためには、まだまだ乗り越えなくてはならない壁がある。だってまだ佐藤みどりのもう一冊の著書である「女の眼」ですら持っていなかったからだ。それに引き替え人外境主人氏は「情事の部屋」と「女の眼」の二冊をすでに手中にしているようなのだ。俺としてはひたすら歯噛みして耐える術しかなかったのである。
 しかしたった今、過去形で書いたことからも推察戴けるかと思うが、過日、ようやくその「女の眼」を入手した。捲土重来。これでようやく人外境主人氏と同一ライン上にたどり着いたというわけなのである。これでもう、人外境主人氏一人に佐藤みどりちゃんを独占させるようなことはないはずだ。何だか俺と人外境氏は佐藤みどりちゃんを間に挟んだ三角関係の様相を呈してきたかのようである。冷静に考えてみれば、佐藤みどりって大正九年生まれなんだけどなー。
 しかしそれでもまだ俺の方が一歩出遅れているのである。何故なら今回俺が入手した「女の眼」には、肝心カナメの乱歩の推薦の言葉の載った帯が欠けていたからなのだ。ちぇっ。まぁ、もういい加減面倒くさくなってきたから、佐藤みどりちゃんは潔く人外境主人氏に譲ることにして、俺は娘の方で我慢するとすっかぁ(注1)。

▼というわけで、買った古本は佐藤みどり「女の眼」(講談社ミリオンブックス、S31、800円)、石川喬司「エーゲ海の殺人」(旺文社文庫、1986、300円)、常磐新平「アメリカンベストセラーズ101」(旺文社文庫、1986、300円)、福島正実「月世界2008年」(旺文社文庫、1985、300円)の4冊。佐藤みどり以外の3冊は全て旺文社文庫だが他意はない。とりあえずこの三冊の旺文社文庫の中で、持っていないのは「アメリカンベストセラーズ101」だけのはずだ。

▼新刊。
 リチャード・エイリアス「愛しき女は死せり」(早川HM文庫)
 デイヴィッド・マレル「トーテム[完全版] (上・下)」(創元推理文庫)
 中村融 編「地球の静止する日 SF映画原作傑作選」(創元SF文庫)
 伊坂幸太郎「終末のフール」(集英社)
 スティーヴン・キング「ダーク・タワーⅤ カーラの狼 〔上・中・下〕」(新潮文庫)
 夢枕獏 監修・執筆「夢枕獏全仕事 熱い幻想」(一迅社ビジュアルBOOKシリーズ)
 菊地秀行 監修・執筆「菊地秀行全仕事 夢幻世界の誘惑」(一迅社ビジュアルBOOKシリーズ)
 夢枕獏「獅子の門 雲竜編」(カッパノベルス)
 P.G.ウッドハウス「ウースター家の掟」(国書刊行会ウッドハウス・コレクション)
 吉田戦車「殴るぞ(9)」(小学館)
 「ミステリマガジン 2006/5月号」(早川書房)
 「SFマガジン 2006/5月号」(早川書房)
 「本の雑誌 2006/4月号」(本の雑誌社)

 この新刊の中からいったいどれを最初に読もうとするか。大方の人は伊坂幸太郎の「終末のフール」をまず選ぶのではなかろうか。俺の場合は夢枕獏の「獅子の門 雲竜編」だなぁ。決して速読ではない俺でも一時間もあれば読み終えられる点がVERY GOOD! しかし問題が一点。前作までのストーリーをまるで憶えちゃいないのよ。タイミング良く「夢枕獏全仕事」というMOOKが出たのでそちらも購入して、読み始める前に今までの粗筋のおさらいでもしておくかと思ったのだが、夢枕獏の他のシリーズについては結構詳しく書かれているにも関わらずこの「獅子の門」シリーズは何故か十把一絡げ扱いで、結局、主人公が誰だったかすら記憶にないままに読み始めることとなる。でも、それでもちゃんと読めてしまうのは不思議だ。
 この次に手に取るのは伊坂かデヴッド・マレルの「トーテム[完全版]」かと悩むところだが、「トーテム」は上下本なので、やはりここは一気に読める「終末のフール」ということになるだろうか。さらりと目を通したところでは、伊坂幸太郎初のSF設定を使った、直裁的には「渚にて」を想起させるタイプの静かな終末SFのようだ。ここ数作、伊坂幸太郎の書くものはミステリからは離れていってしまっているようだが、いつかミステリの世界に戻ってくる日があるのかなぁ。・・・なぁんで言いながら、結局は吉田戦車の「殴るぞ」を先に読むわけなんだが。

 前回の日記で書き漏らしていた「本の雑誌」の最新号は蔵書家必読の本棚特集である。実際、家具メーカーは蔵書家の要望にもっとちゃんと応えられる本棚を造るべきではないのか。つーか、蔵書家の求めるような本棚を売り出したら売れるんじゃないの?
 俺の希望する理想の本棚の条件は

「軽量で丈夫」
「それでいて安定性が抜群」
「棚の位置の微妙な上下移動が自由」
「棚の数は最低でも八段。本棚の高さは2m程度」
「棚は、前後に二冊を重ねて置けるだけの幅を持ち」
「文庫ならば一つの本棚で少なくとも800~1000冊、単行本なら400~500冊を収納可能」
「本棚の色は白」

 といったあたりか。まとまった数になると本自体だけでも相当な重量になるために、見た目は立派ながっしりした木製の本棚なんてその自重だけでも床が保たなくなる。本棚は軽いスチール製で充分なのである。蔵書家にとっての最も無駄な空間は、本棚に本を納めた際に生じる棚と棚の間に空いた空間だ。これが少なければ少ないほど一つの本棚に納まる本の数は増えるはず。そのために棚の上下移動がミリ単位で調節可能な本棚が理想的である。もしもそれが出来ない場合には「文庫用」「新書版用」「四六版用」など収める本のサイズ毎に専用の本棚を造ってもらいたい。棚の数も五段とか六段ではいくら何でも少なすぎる。それと、本棚と天井の間にできた無駄な空間をいったいどうしてくれるんだ。本棚の高さは天井にほとんど届くほどあった方が良い。その方がもしも地震が来ても本棚が天井に引っかかって倒れないかもしれないし。よくある移動式棚の付いた本棚なんて愚の骨頂である。蔵書家の本棚は遅かれ早かれどうせ棚の前後ろに二段重ねで本を積まれていく運命にあるのだ。ならば、最初からそれだけの幅を棚にはもたせておいて欲しい。「本棚の色は白」はあくまでも個人的な要望になるのだが、我が家の壁は全てイタリアはトスカーナ州カララ産の総大理石造りなので、できればその色に合わせるために。

▼観たビデオはスティーヴン・セガールの「沈黙の聖戦」、トッド・ブラウニングの「フリークス デジタル・リマスター版」、「トリプルX ネクスト・レベル」といったあたり。
 ユエン・ウーピンを監督に迎えた「沈黙の聖戦」は、武装組織に娘を誘拐された元CIAのセガールがタイの街で大暴れする一作だが、肝心のアクション場面では吹き替えを使っているのがモロバレ。ちょっとがっかりだなぁ。
 トッド・ブラウニングの「フリークス」は、デジタル・リマスター版になったということで観直してみた。この「フリークス」、もう四半世紀も前に新宿の薄暗い自主上映会で観たのが初見なので、その時には画面も薄暗く画質も最悪で何が何やらはっきりしなかったのである。今回、改めて観てみた印象は以前とさして変わっていない。要はこの映画、「世界びっくり人間大集合」をやりたかっただけなのではないか。そういう意味で「ホラー映画の隠れた名作」だとか「おぞましい恐怖の傑作」というような評価は如何なものか。だって、映画自体はたいして怖くないもんな。愛川欽也がMCで出演していないのが不思議なくらいのもんだ。
 密かにヴィン・ディーゼルの代表シリーズになるのではないかと期待していた「トリプルX」なのだが、どんな事情があったのかは知らないがヴィン・ディーゼルが企画段階でいきなり主役を降板してしまった。ということで前作の主役だったヴィン・ディーゼルは映画の冒頭であっさりと死んだことにされてしまい(前作ではあんなにも無敵で不死身そうだったのにぃ~)、そこで「ニュー・トリプルX」として新たに刑務所からスカウトされてきたのがヴィン・ディーゼルよりもよっぽど弱そうなアイス・キューブなんだもんなぁ。いやはや、こんなシリーズの続き方も珍しい。今回の「ネクスト・レベル」では主役の交代に殉ずる形で監督以下のスタッフもほとんど総取っ替えしたらしく、メイキングを観ると脚本の出来映えから撮影現場での照明の当て方に至るまで前作を軽んじるような発言ばっかし(笑)。ま、アメリカ人らしい自己主張と言えばそれまでなのだが、シリーズ第一作に対するリスペクトがまるで足らないやね。映画自体は、前作に引き続いて出演のサミュエル・L・ジャクソンや俺のご贔屓役者のウィレム・デフォーが出ていることもあってそこそこには楽しめるんだけどね。

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March 25, 2006

このところ買っていたDVD

▼DVDも実に安くなったもんだ。というわけで近頃、何となく目に付いたDVDを買いまくっている。ネタもないので最近買ったDVDの題名でも挙げてみることにしよう。

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スウィート・チャリティ」(1969)。ご存知ボブ・フォッシー初監督作品。今までなかなか観る機会がなかったのだが、たまたま入ったDVD屋で半額セール対象品だったので即断即決で購入。もっとも後で調べたら、最近になって廉価版が出たために半額セール対象品になっていたようなのだが(注1)。
 
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 ボブ・フォッシーつながりで「マイ・シスター・アイリーン」(1955)。もっともこちらはボフ・フォッシーが監督しているわけではなく出演並びに振り付け担当なのだが。主演はジャネット・リーとジャック・レモン。二人ともミュージカル・スターとしての印象は少ないが、この「マイ・シスター・アイリーン」はジャック・レモンが「ミスタア・ロバーツ」でブレイクする直前の作品なのである。
 
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 続いて今度はジャック・レモンつながりで「ハッピー・ロブスター」(1959) 。共演はドリス・デイであり、ジャック・レモンとしてはこの作品の直後があの名作「お熱いのがお好き」への出演ということになる。
 

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 ブロードウェイでの大ヒットによって再映画化され、近々日本でも上映される運びとなった「プロデューサーズ」絡みで、メル・ブルックスの作品がどんどん廉価版落ちしている。その中からとりあえず「メル・ブルックスのサイレント・ムービー」(1976)と「メル・ブルックスの珍説世界史 PART1」(1981)を購入。どうせなら、このついでに「新サイコ」や更に言えば1968年版の「プロデューサーズ」も廉価版DVDで出して貰えれば俺としては非常に助かるのだが。もっと言えばこういう機会だからこそ日本未公開の「メル・ブルックスの命がけ!イス取り大合戦」をDVDで出せよな、今すぐにでも。それにしても俺がメル・ブルックスの作品でホントに面白いと思えたのは「ヤング・フランケンシュタイン」ただ一作しかないし、残念なことに「ヤング・フランケンシュタイン」にはメル・ブルックスは出演してないんだよなぁ。