May 06, 2005

GWのまとめ

 昨日で俺のゴールデン・ウィークも終わり。始まるまでは、あれもしたい、これもしたいと思っていても、いざ始まってしまうとなかなか何もできないもんだね。

【買った新刊】
角田光代・岡崎武志「古本道場」(ポプラ社)
爆笑問題「爆笑問題のふざけんな、俺たち!!」(集英社)
M・R・ラインハート「ジェニー・ブライス事件」(論創社)
ナイオ・マーシュ「アレン警部登場」(論創社)
S・H・コーティア「謀殺の火」(論創社)

 角田光代・岡崎武志の「古本道場」はザッと目を通したが、今更特に得るところはなかった。きちんと古本の買値を書いている点はエライよね。この中に書かれていたことで驚いたのは、角田光代が野間文芸新人賞を受賞した「まどろむ夜のUFO」が初版止まりだったってこと。出版当時そこそこ話題になった本だし、その後に直木賞も取った作家の本であっても重版されなかったかぁ。いやぁ、本ってホントに売れないんだなぁ。
「爆笑問題のふざけんな、俺たち!!」は「週刊プレイボーイ」に連載されていた誌上漫才。爆笑問題が売れたからって今更文句を言うわけではないが、爆笑問題の最近のネタは何だかやけに毒気が抜けて小粒になっちゃったなぁ。
 論創社の三冊は泣きながら買う。この中で知らない作家はS・H・コーティア。オーストラリアの推理作家らしい。名前からして「買うてやぁ」といっているので仕方なく買うてやる。情にほだされやすいタイプなんだこの俺は。それにしても論創社、バックにCIAか闇の麻薬組織でも控えているかの如き出版ペースである。それと今のうちから言っておくけど、もしも年末のベストテン選びでラインハートの「ジェニー・ブライス事件」の名前を挙げるようなヤツがいたとしたら、そいつの言うことは金輪際信用すんなよな

【買った古本】
エドガー・ライス・バローズ「ターザンとライオン・マン」(早川SF文庫、1975、500円)
大下宇陀児「火星美人」(穂高書房、S33、2000円)
木々高太郎「月光と蛾 木々高太郎第二詩集」(詩苑社、S44、2500円)

 早川文庫のターザン・シリーズはおそらく一冊だけ持っていない巻があるはずなのだが、今となってはそれが何だか分からない。これだったらいいなぁ・・・と思うものの確認する術もない。大下宇陀児と木々高太郎は目録買い。貸本落ちの「火星美人」は残念ながら裸本だ。「火星美人」「指」「志賀兵助の犯罪」「情獄」「宙に浮く首」の五編を収録。2500円も出してなんでこんなもんを買ってしまうのか、木々高太郎の詩集。しかも第二詩集ということは必然的に第一詩集も買いたくなってしまうではないか!

【観たビデオ】
 基本的には買い置きしていたマルクス兄弟の「ザ・ベスト・オブ・マルクスブラザース」を観て過ごす。いやぁ、ハーポの顔に皺がない初期のマルクス兄弟はホントに良いなぁ。
 その他、レンタルビデオで「SAW」「最‘狂’絶叫計画」「ジャッカス・ザ・ムービー」「サンダーバード」を観た。「SAW」はうっかり開いてしまったどこかのバカBlogできっちり結末のネタバレをされてしまったので、残念にもラストの意外性がゼロのまま観終わる。もっとも、もしも結末を知らずに観たとしても、それほど出来のいい映画には思えないが。これはあくまでも個人的な好みなのだが、ブラピの「セブン」もそうだったけど、純粋なホラー・ムービーではないこの手のサスペンス映画では結末に多少なりとも救いが欲しいところだよなぁ。
 前作が黒人好みのお下劣下ネタ満載で見切りを付けていた「最‘狂’絶叫計画」は、監督がZAZのディヴィッド・ザッカーに代わって、パロディに手堅いところをみせる。元ネタの中心となっているのは「ザ・リング」「サイン」そして何故だかエニネムの「8mile」、それ以外にも「ロード・オブ・ザ・リング」や「マトリックス」「アザーズ」なんかもチラリとネタになっている。ZAZにとっては、レスリー・ニールセンやチャーリー・シーンなどのお馴染みさんたちも顔を出して安心して観ていられる分、ちょっと笑いの破壊力に欠けるか。どうやらこのおバカシリーズの次作の監督もディヴィッド・ザッカーが担当するようなので、たぶんまた観るだろうけど。
 バカといえば、その究極をいくのが「ジャッカス・ザ・ムービー」。何がバカだといって、この映画(?)に資金を提供し更には劇場公開までしてしまったパラマウントは本当に大馬鹿野郎だ。劇場の大スクリーンに映し出される作り物ではない生ゲロや大小取り混ぜての排泄物・・・。いやぁ、ホントにバカです。もっともこの手の映画は家に一人こもって観るよりは、劇場で大勢の観客に混じって馬鹿笑いしながら観る方が精神的にはよほど健康かもしれないけど(精神的に健康なヤツは、こんな映画は決して観ないと思うけど)。
 観始めて5分で、「あぁ、こりゃあかんわ」と思ったのが「サンダーバード」。「スパイキッズ」じゃないんだから、ここまでガキ向け映画にしてしまってどうする。TV版の「サンダーバード」の魅力は、人形劇にも関わらず大人の鑑賞に充分応えられるものだったはずなのに、実写版でガキ向けに作り直してしまっては意味ないね。コケて当然だよなぁ。

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May 03, 2005

SFってそういうものだっけ?

 昔からSFが好きだ。と言うか、昔のSFが好きだった。SFが一番好きだった頃は十代後半の高校時代だったかなぁ。海外の名作と言われる作品はどんどん訳されるし日本SFもまだまだ元気だった。SFさえ読んでいればクラスの女の子たちにモテモテの、いやぁ、ホントにいい時代でした。もう二度とあんな時代は来ないよね。いや、天地開闢以来、そんな時代なんて一度も来たこたぁ無いのだが。
 「SFは二十代までの文学」と喝破したのは果たして誰だったっけか? たしか海外のSF作家だったと思うが、これは確かに真理をついていると思う。「SFは二十代まで。ハードボイルドは三十代から」というのが読者としての俺の実感だ。そういうもんだと思っていた。しかし近頃はどうやらそうでもないらしい。
 昨年、岐阜で全国SF大会が開かれた。岐阜と名古屋といえば目と鼻の先ほど近いのだが、もちろんこの俺は行かなかった。今更、ミーハー的に浮かれ騒ぐ年齢でもないし、それにそもそも最近のSFをまるで読んでないんだから話にならない。その代わり・・・と言っていいものかどうか、SF大会に参加するために遠方からやって来た知人の歓迎オフを名古屋で企画した。無論、このオフに参加する者のほとんどが女性だと聞いたから・・・という理由も若干あるのだけれど。彼女たちはSF大会の常連で、ここ数年は参加を欠かしていないそうなのである。しかも女性中心のコスプレイヤーたちとの由。おそらくは「お下劣戦隊スケベンジャー」だとか、そんなようなコスプレをやるに違いない。いや、そんな戦隊があるのかどうかすら知らないが。
 当日のオフ・メンバーは名古屋で迎え撃つ防衛隊二名と名古屋襲来SF大会参加組が6~7人といったところ。名古屋襲来組の中でそれまでに面識があったのはそのうちの三人(女2.男1)。ま、正直、こいつらはどうでもいい。俺としては、語尾に「はきゅ~ん♪」だとか「にょん♡!」を付けて喋る癖があり、興が乗ればその場でコスプレも辞さないというような若鮎の如きピッチピチの十代SFギャルを期待していたのだ。たぶん彼女らはピンク色で良い匂いのする生き物に違いない。そして、その若いSFギャル達に囲まれて「きゃーっ! 未読王さんてすっご~い! SFいっぱい読んでるんだにょんっ♪」の一つも言われてみたかったのだ。たぶん「にょん♪」の使い方、かなり間違えているだろうけど。
 しかし、俺の期待は常に裏切られる。楽しみにしてた遠足の朝、目覚めてみればいつも必ず雨であり、なおかつ雨が降れば常に必ず土砂降りだ。さらにその上、スペインの雨は主に平野に降り、9マイルなんていくら何でも遠すぎるのだ。
 けっ。・・・若いSFギャルなんてその場に一人もいやしねーんでやんの。私は自らの信念として、それがたとえどんなに悪い診断であろうとも、患者には結果は常にはっきりと告知するタイプの医者なのだが、みんな、SF大会に行くよりも近所のスーパーに行ってた方がよっぽどお似合いのオパサマ・ビン・ラディンな方ばっかしだったんだよぉ!

 かなりテンションの下がった状態のまま、飲み会に突入。たまたま隣の席に座っていた初顔の女性に、「ところでどんな作家がお好きなんですか?」と訊いてみる。ま、特に訊きたいわけでもなかったのだが、最近のSF者たちの嗜好を知りたかったという興味が若干。あとはまぁ、2時間ほど黙りっぱなしでオフ代割り勘ってのが腹に据えかねただけなのだが。

「そうですねぇ。えぇと・・・、最近は綾辻行人さんですかねぇ」
「・・・は?」と、間抜け面で問い返す俺。「綾辻行人って・・・あのミステリ作家の綾辻行人のこと?」
「そうですけどそれが何か?」

 SF大会参加者が「どんな作家が好き?」と尋ねられたら、SF作家の名前を挙げるのが人の世の倣いってもんじゃねぇのかよぉ! えっ?

 で、他の連中にも訊いてみたら、これがまぁ、ほとんどSFなんて読んでいないことが判明。ハインライン? それって誰? アシモフ? あ、なんか聞いたことのある名前。オールディス? あ、両親がよく家のステレオで聴いてました・・・てなもんである。最後のヤツ、それは「オールディーズ」だかんな。間違えんなよ。

「じゃ・・・、じゃあ何でわざわざSF大会に参加してるの?」と思わず尋ねてしまったのは、話の流れとして当然であろう。「いったい、何が楽しくてSF大会に・・・?」
 その中の一人が「だってね。SF大会に来るとたとえば単語一つ言ったって、いちいち説明しなくてもいいから楽じゃん」と答えた。「何だかすっごく分かり合える気がして楽なのよぉ」
 単語というと、たとえば「ジョウント効果」だとか「時間漏斗曲線」だとか、それとも「赤方変移」「非ユークリッド幾何学」だとか「ラグランジュ・ポイント」などのいわゆるSFタームのことかと思って、「たとえばそれはどんな単語?」とついつい訊いてみるのも自然の成り行きというものだ。

「百葉箱」
「はぁ・・・?」
百葉箱!

 そんなデカい声出さなくたって充分聞こえてますがな。ただ、それがあまりにも意外な答えだったもので・・・。
「『百葉箱』と言っても最近の職場の若い子たちは『それ何?』って言うだけで全然理解してくれないの。でもSF大会参加者なら、みんな、分かってくれるんだもん。ねっ♪?」
 ねっ♪?・・・じゃないわい。それってあんたの会社の若い子たちが、単にモノシラズなだけだろ? あんたの同年配のおばちゃんたちなら絶対に知ってるって。ちなみに百葉箱が重要なキーワードとしてストーリーに絡んでくるSFのタイトルを例しに三つ挙げてみてくれ。もしも三つ挙がるんだったら、この俺が謝るから。
 
 結局、彼女らのほとんどはSFファンというよりもアニメヲタなのだった。思わずこう訊いてしまった。
「でも、それだとあなた達、SF大会で周りからかなり浮いてない?(年齢だって他の若い参加者たちとはかけ離れちゃってるだろうしさぁ)
 俺も人の子。括弧内の台詞を口にするのはかろうじて踏みとどまる。
「全然、浮いてませんよぉ。参加者の年齢だって私たちとほとんど一緒だしぃ」

 さぁて、ここからがようやく本日のテーマだ。
 俺はてっきりSF大会の参加者のほとんどは、今でも十代・二十代が中心だと思いこんでいた。しかし、どうやらこれはあくまでも俺の単なる思いこみに過ぎなかったらしい。昔、どこかのSF大会(たしかアシノコン?)で、その大会の最年長参加者が四十代でそれを理由にわざわざ表彰されていたというような大会レポートを読んだ記憶があり、「うわ、四十代にもなってもまだSF大会に参加してる奴がいるぅ。気っ持ち悪っ~!」と思ったものだった。しかし彼女らによると、昨今のSF大会参加者の主流はほとんどが三十代、四十代であり、二十代の参加者なんて数えるほど。十代のSFファンに至っては影も形もないとのこと。「あっ、会場に十代がいないわけでもなないわね。SFファンのお父さんお母さんに連れられてきた子供たちがいるわね」

 ・・・いやぁ、おっしょろしいことになってるよなぁ、最近のSF大会は。どうやらノスタル爺&ノスタル婆の憩いの場になってしまっているようだ。それにしても薄々そうじゃないかとは勘繰ってはいたんだけど、最近の青少年はSFなんて読まないのか?

 こういう話を聞いた後、二次会はカラオケボックスに行ったんだけど、そこでは幹事特権で「今日のカラオケはアニソンと二十一世紀になってから作られた新し目の歌は禁止縛りでいくかんな!」と声高らかに宣言してやる。ふっふっふ、ざまみろ。いや、こいつらに八つ当たりしても仕方ないんだが、その夜は何故か、無性に誰かにイジワルしてやりたいような荒んだ気分になってたんだよぉ。

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May 02, 2005

このところ何だか神懸かり

 キアヌ・リーブスの「コンスタンティン」を観てきた。いやぁ、何だかすげぇデジャヴ感。
 と言うのもほんの数日前に、山田正紀の「神狩り2 リッパー」(徳間書店)をようやく読み終えたところだったからだ。「神狩り2」を読了するまでにかなり時間が掛かった。何故ならこの「神狩り2」は、ただのエンターテインメントではないから。「神」というテーマ自体の難解さもあるが、この「神狩りワールド」の世界観を構築しさらにその世界を読み解いていくために、宗教学、神智学はもとより言語学、論理学、認知科学、果ては脳神経学までが持ち出されてくるのである。読む側にもそれなりにレベルが要求されるわけで、碩学として知られるこの俺でさえも頁をめくるたびにそういった該博な知識を総動員して掛からねばならなかったからだ。いや、だからと言って決して読みづらいわけではない。さすがは作家生活30年の山田正紀である。あの傑作「神狩り」を超えたかどうかは定かではないが、これだけ難物の素材を元にしてきちんとエンターテインメントとして読ませることにギリギリ成功していると思う。「神狩り」は確かに傑作ではあったが、「神狩り」出版当時に何が最も衝撃的だったかと言えば、小説の中身以上にこれだけのものを23歳という若さで書いたという「事実」だったことも(少なくともこの俺にとっては)また事実。このことが決して作品自体の素晴らしさを貶めることにはならないはずだが、もしも今もう一度「神狩り」を読み返して純粋に作品評価する場合には、この「事実」はむしろ余計な夾雑物となりかねない。ああ、いけない。何だか「神狩り」にいて熱く語り始めちゃってるぞ。ここはそういう趣旨のBlogじゃないんだ。
 で、「コンスタンティン」なのだが、この映画のテーマもまた「善 vs 悪」「神 vs 悪魔」であり、「神」側の描き方が山田正紀の視点と非常によく似ている。「神 vs 悪魔」「善 vs 悪」であっても、決して「神=善」ではないのだ。たまたま「神狩り2」の前に読んでいたロバート・J・ソウヤーの「ホミニッド―原人」(早川SF文庫)で語られるネアンデルタール人の目から見たキリスト教批判とも通底している。軟骨っ!
 映画としての「コンスタンティン」は、絶賛するところまではいかなくてもかなり面白い。今のところ、今年になって俺が劇場で観た数少ない映画の中ではベストなのだが、ま、これは早晩、これを超える映画が色々出てくるはずなので、あくまでも暫定的なベストなのだが。昨今の映画らしく「コンスタンティン」もまた「もしもヒットしたらいくらでも続編出来ます」的な映画の終わり方をしているのだが、もしも続編を作るとしたら山田正紀に脚本を書かせてみたいなぁ。
 それともう一つ。「コンスタンティン」は愛煙家にとっては観ていて非常につらい映画でした。映画の中であれだけキアヌ・リーブスにチェーン・スモーキングさせたら、観ているこっちだって吸いたくなってたまらないっての。

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